“ジャンル小説には、内容を心髄にまで削ぎ落とし、それをさらに煮詰めることで、変転に次ぐ変転を、さながら夢のごとく鮮やかに展開することもできる。まるで、誰もが一度は見たことがあり、ともに分かちあうことのできる夢のように。いかに稚拙な内容であろうと、いかに非現実的な内容であろうと、ぼくらになんらかの真実を指し示してくれる夢のように” 『二流小説家』 ハヤカワ・ミステリ文庫 デイヴィッド・ゴードン, 青木千鶴 早川書房

二流小説家 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

二流小説家 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

The Serialist: A Novel

The Serialist: A Novel

デイヴィッド・ゴードンによる推理小説(の処女作)。エドガー賞処女長編賞候補作。2012年、「このミステリーがすごい! 」(宝島社)、「ミステリが読みたい! 」(早川書房)、「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋)の全てで1位。原題“The Serialist"。連載小説の書き手、という意味らしい。なるほど、それど、邦題『二流小説家』。
 確かに、死刑囚から事件の全貌の執筆を依頼されるというプロットは新しいのだが、ちょっとした読ませるしかけとか、そのあたりが本書自体が二流小説っぽいところあり。
P.107

 悲劇というものは、邪悪な魂よりも色濃く表層にあらわれるものなのだろうか。

P.340

「公共放送のドラマに出てくるイギリス人の刑事たちもすてきよね。モース警部とか、リンリー警部とか。すごく洗練されていて、粋な感じがするの。」
「ぼくはフロスト警部のほうが好きだ」
「わたしも好きよ。だけど、彼って粋なタイプとは言えないでしょう。いかにも、古きよき時代の刑事って感じだもの。頼みの綱は経験と勘のみ。でも、彼ならあなたのお手本にできるかしら」
「いいや、無理だね。エド・マクベインが作品の中で言っているように、警察の捜査ってのはそんなになまやさしいものじゃない」

P.420

その独特な修辞法や象徴的表現の点において、ジャンル小説は神話に似ている。いや、かつての神話や古典文学に似ている、と言ったほうが厳密であるかもしれない。1、2世紀まえの時代なら、誰もが『ユリシーズ』やギリシャ神話のイアソンの物語を引きあいに出すことで、読者が共有する知識の鉱脈を掘りあてることができた。それと同じように、現代のジャンル小説家は、砂漠をゆく孤独な旅人や、ロングコートに中折れ帽をかぶって銃をかまえながら廊下を突き進んでくる見知らぬ男や、夜の都会を飛びまわるコウモリを登場させることで、同様の鉱脈に触れることができるのだ。また、ジャンル小説には、内容を心髄にまで削ぎ落とし、それをさらに煮詰めることで、変転に次ぐ変転を、さながら夢のごとく鮮やかに展開することもできる。まるで、誰もが一度は見たことがあり、ともに分かちあうことのできる夢のように。いかに稚拙な内容であろうと、いかに非現実的な内容であろうと、ぼくらになんらかの真実を指し示してくれる夢のように。

 この「ジャンル小説」の原書英語は何だろう。
登場人物の台詞を借りて云えば、「ぼくはフロスト警部のほうが好きだ」
【関連読書日誌】

  • (URL)フロストを読んだら、いろいろな意味で、英国社会がわかる。それと同時に、人間はどこでも同じだということもわかる(養老孟司” 『冬のフロスト』 (上・下) (創元推理文庫)  R・D・ウィングフィールド 芹澤恵訳 東京創元社
  • (URL)秘密というのは秘密のままにしておくのが難しい。秘密は心の被膜ぎりぎりのところに身を潜めていて、それを抱える人の決意にひび割れを見つけるや、そこからいきなり這い出してくるのだ” 『秘密』(上・下) ケイト・モートン 訳:青木純子 東京創元社

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

忘れられた花園 上

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フロスト日和 (創元推理文庫)

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クリスマスのフロスト (創元推理文庫)

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夜のフロスト (創元推理文庫)

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