“自分たちでちらし作って、上演先を探して回って、頭下げて、それでも文楽がやりたいのかどうかー状況が厳しくなれば、やめるものも出てくるでしょう。でも、好きな者だけが集まって、やればいいんです。芸を受け継ぐとはそういうことです” 『人間、やっぱり情でんなぁ』 竹本住大夫、樋渡優子 文藝春秋
- 作者: 竹本住大夫,樋渡優子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2014/10/14
- メディア: 単行本
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第1章 春のなごりに 〜引退まで
P.15
若かったとはいえ、経済的にも精神的にも体力的にも、あの時代はしんどかった。食うや食わずどころか、食わず食わずの連続でした。簑助くんとは、この三和会時代から60年あまり、ずっと一緒で、苦楽を共にしてきた仲です。
P.21
『菅原伝授手習鑑』は名作中の名作です。最初から仕舞いまで、悪いところのない、ほんまにようできた演目です。「桜丸切腹の段」は「寺子屋」と並んで、物語のクライマックスとなる三段目。これを語って、お客さんが泣きはらなんだら、それは太夫の責任、やってる者の力が足らんということです。
第2章 師匠、先輩、弟子〜修行とリハビリの日々
P.48
仕事や職分としての太夫を指すときは点あり、人名のときは点なしです。これは私の師匠の山城少掾師が、「文楽の太夫を歌舞伎の太夫と区別すべき」と提唱されまして、昭和28、9年から、文楽の太夫の芸名は「大」に変わりました。
P.51 吉田文五郎師匠のこと
晩年は耳がほとんど聞こえず、太夫の語りも三味線の音も、舞台の文五郎師匠には届いてません。にもかかわらず、要所、要所で三味線の撥の動きを見てとって、太夫がどのくだりを語っているか承知して、人形を遣われていたのですから驚きです。
p.52
土門拳さんの写真集『文楽』には、山城師匠や文五郎師匠のほか、山城氏の相三味線をつとめられた静六師匠(鶴澤)や、人形の栄三師匠や紋十郎師匠(桐竹)といったまたとない先輩方のおすがたや、昭和16から18年当時の芝居小屋の、なつかしい雰囲気が残されております。
p.60
太夫の語り、三味線、人形のどれもあわせていないのに、必ずどこかで合うてる。ここに人形浄瑠璃の2つとない面白さがあります。大昔からそうです。今でも文楽では初日の開く前に、三業が集まって合わせるのは、舞台稽古のときの一度きりです。
第3章 貧乏には勝たなあか〜三和会(みつわかい)の長い旅
第4章 デンデンに行こう〜私が育った戦前の大阪
p.144
お初のいた天満屋のある曽根崎新地には江戸時代、蜆川が流れてて、『曽根崎心中』の浄瑠璃にも出てきます。「恋風の身に蜆川流れては、その虚貝現(うつせがいうつつ)なき、色の闇夜を照らせとて、夜毎に灯すともし火は、四季の蛍よ雨夜の星か、夏も花見る梅田橋」(天満屋の段)
第5章 文楽道場に生きる〜教えること・教わること
P.177
来年の春、吉田玉男はんの弟子の玉女くんが2代目玉男を襲名しますけど、玉男はんは昭和8年の入門以来、一生、吉田玉男で通されました。二代目玉男ができるのは、玉男はんの遺されら芸が、それだけすばらしいもんやと誰もが認めているからです
p.178
歌舞伎では家や個人が得意とする演目を十八番(おはこ)とか、十種の内と言われますけど、文楽ではもうしません。山城師匠のように名人と呼ばれるお方でも、私は「道明寺」や「二月堂」な十八番です、とは言われません。
p.183
ことし(平成26)年の3月末、大阪のフェスティバルホールに「杉本文楽」を見に参りました現代美術家の杉本博司さん演出で、近松の『曽根崎心中』を新しい趣向で見せるもので、出演しているのは文文楽の技芸員たちです。ご存知の通り、近松の作品は人気がありますけど、そのほとんどが昭和30年代の改作です。文楽公演では改作した本でやりますが、杉本さんは原作でやられました。
二千席以上ある会場は広すぎて苦労していましたが、芝居の雰囲気は良かったです。ただ、太夫の語る浄瑠璃がはっきりしませんし、「わしが聞き取れんものを、お客さんたちはわかっているはずがないやろう」と心配になりました。
p.194
私は七十になる頃、「浄瑠璃を難しいと思わさんと、お客さんに楽しんで聴いてもらわなあかんなあ」と考えるようになりました。浄瑠璃ってよう出来てるなあ、浄瑠璃とはええもんやなぁと思うたのは、還暦すぎてからです。
p.200
昔はお稽古のとき、床本や三味線弾きの朱の本に、覚えを書き込むだけでも、「何書いてんのや。そんなとこに書かんと、頭の中に書きなはれ」とどやしつけられました。浄瑠璃も三味線も人形も、お経と一緒で、全て口伝で今日まで来てます。基本をみっちり身に付けていないと、とうてい先にいかれへんのですけど、録音されたものは、やっぱり音が違います。どこか金属的というか、自分の声でも違うてますから、ほんまの手本にはなりにくい。
p.205
第6章 そして文楽は続く
p.208
浄瑠璃姫と私は、浅からぬ縁がございます。ことの始まりは30年ほど前、まだ文字大夫を名乗ってた時分に、薬師寺さんの高田好胤管長と、臨済宗の大本山・方広寺(静岡県浜松市)訪れたことでした。帰りの車で岡崎を通りかかると、「せっかくやから浄瑠璃姫の墓をお参りしていこうやないか」と管長さんに誘われました。岡崎市の矢作には、浄瑠璃姫がお祀りされている誓願寺がございます。
(中略)
源氏と平氏が争っていた時代(12世紀)、矢作に、子供のない長女夫婦がおりました。日頃信心していた鳳来寺の薬師如来に祈願したところ、玉のような女の子を授かり、喜んだ夫婦は仏様のお名前の「薬師瑠璃光如来」にちなみ、赤ん坊に浄瑠璃姫と名付けました。
p.227
仕事は「つなぎ」が大事です。浄瑠璃は、本じたいもオクリ、マクラ、ことば(せりふ)の流れ作業になってますし、ひとつの演目を複数の太夫でリレーして語るときは、前の太夫がきちんと自分の役割を果たさんことには、次の太夫に替わるときに、盆がうまく回りません
p.231
アーツサポート関西という芸術・文化を支援する新しい団体が、文楽を第一号の支援先にさだめ、二年間にわたり、学生さんが500円で文楽を見られるよう助成金を出して下さるというニュースが報じられました。日本財団による「にっぽん文楽プロジェクト」も、移動式の小屋での全国公演と、来年の3月から東京オリンピックの2020年までの支援が決まるなど、各方面から文楽の関心と、温かな手をさしのべて頂いていることを、とてもありがたく思います。
p.241
自分たちでちらし作って、上演先を探して回って、頭下げて、それでも文楽がやりたいのかどうかー状況が厳しくなれば、やめるものも出てくるでしょう。でも、好きな者だけが集まって、やればいいんです。芸を受け継ぐとはそういうことです。今まで文楽は何度も、「存続の危機や」、「もうすぐつぶれる」といわれましたし、文楽の小屋も二度焼けました。でもそのたびに必死に芸を磨き、芸の力で今日まで生き延びてきました。
【関連読書日誌】
- (URL)“我が国においてエロスの問題、つまり色恋沙汰は、詩的関心事ではあっても、長らく宗教的な関心事ではなかった” 『神奈川芸術劇場 「杉本文楽 曾根崎心中」 上演台本+解説』 杉本博司,近松門左衛門,神津武男 公益財団法人小田原文化財団発
- (URL)“恋が言わせる付けことば” 『赤川次郎の文楽入門―人形は口ほどにものを言い』 赤川次郎 小学館文庫
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