“定型労働に関わる労働者のハタラキは、人数で数えて成果も人件費も管理すればよい。いらなくなれば、辞めてもらえばよい。彼らはタレントではなくワーカーである。「資産」ではなく「費用」である” 『「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論』  (講談社現代新書) 酒井崇男 講談社

NTT研究所を早期に退職して、人材コンサルティングとして独立した人による人材論。
第一部 タレントの時代
1:「ものづくり敗戦」の正体
P.32

しかし、本来はグローバル市場で稼ぐべき企業の代表が、日立だったのではないのか。日立における海外市場での売上はわずか10%程度しかない。V字回復して利益を上げているなどと言っていても、ただ単にグローバル競争に負けたので、国内市場に逃げ帰ってきて帳尻を合わせているだけである。

P.51

例えば、職種や職位レベルにかかわらず、彼らが共通して口にしていたのは「自分は自分の持ち場はしっかりやっていた」あるいは「任された『おつとめ』はしっかりやってきた。任された分野のプロフェッショナルやスペシャリストにもなった。何が悪いのか」いぅたぐいのものだ。彼らは会社として「お客さんにとって価値がある製品やサービス」を提供できていたのか知らないし関心もない。

2:時代の変化1 市場の成熟化=製造技術の成熟化
3:時代の変化2 情報化・知識化・グローバル化
P.62

一方で、企業の設計•生産側もグロ ―バル化と情報化の進展をいわば逆手にとって発達してきた。ものつくりは、昨今では、情報産業化、知識産業化している。すでに工業化はだいぶ以前に終わり、情報化も終わり、知識化しているのが、現在成功している製造業の姿である。

P.67

 プロダクト・モデルとは、いま述べたようなトヨタの社内システムを上位概念化したものである。これが現在広く使われているPDM (product Data Management)システムの起源だと言われている。PDMシステムは現在ではソフトウエア会社から広く販売され、比較的安価で買えるようになった。ニ〇一四年現在、PDMシステムを使っていない製造業はほとんど存在しないのではないだろうか(現在PDMは、PLM〈product Lifecycle Management〉と名前を変えている)。

4:売れる商品は設計情報の質で決まる
P.77

トヨタでは、利益の九五%以上は、製品を企画•基本設計した段階で計画され、「設計」されている。同社ではそれを原価企画と呼んでいる。この仕組みはすでに六〇年近く前から行われている。この原価企画•利益計画を含めた製品開発は、有名な主査制度(チーフエンジニア制度)に基づき行われている。利益を含ん
だ設計情報は、完成したら、世界中の工場に配備される。一見、資本集約的で労働集約的な自動車産業だが、現在は完全に設計情報の質で勝負がついている情報.知識産業なのである。詳しくは第3部で述べる。

P.80

製品開発は、有名な主査制度(チーフエンジニア制度)に基づき行われている。利益を含んだ設計情報は、完成したら、世界中の工場に配備される。一見、資本集約的で労働集約的な自動車産業だが、現在は完全に設計情報の質で勝負がついている情報.知識産業なのである。詳しくは第3部で述べる。

5:設計情報の質を決める人達
P.89

ではグーグルは、どこが優れていたのだろうか?
 それは、第一に事業目的がはっきりしていたことである。つまり「世界中の情報を組織化し活用できるようにすること」が彼らの活動の目的だった。
 第二に、そのために必要となる人材や技術を獲得し活用してきたことである。採用活動を目的的にトップダウンで組織的に行った。ずいぶんとカネもかけたようである。

第二部 タレントとは何か
1:企業の活動を情報視点で見る
P.102 情報資産の仕掛品――ストックの成長

図2-2 (98ぺ―ジ)をもう一度見ていただきたい。コンセプトが生まれ、詳細設計され、設計情報の完成に至るという一連のプロセスは、各段階で「設計情報」という成果物、つまり無形資産が形成されていくプロセスである。
 図の〇は、完成するまでは、設計情報の仕掛品(しかかりひん)で
ある。仕掛品とは、製造途上の製品のことだ。通常は有形のモノ(製品)について使われる言葉だが、本書のょうに情報視点で見る場合、当然、「情報仕掛品」というものも存在することになる。これはいわば、無形の仕掛品である。

P.106

 グローバル化に失敗している「日本の電機・通信・IT業界の負け組企業」と、「歴史的に官庁需要に応えてきただけの負け組企業」に決定的に欠けているのは、世界中の情報を体系的に収集するビジネスプロセス(=情報の流れ)である。

P.107

成果を出している企業は、研究.技術開発もまた、目的的に行つているということだ。これが、ほとんど成果のないNTTなどと異なる点である。

P.112

 人間の労働は、この情報を創造したり転写したりする文脈の中で位置づけることができる。人間の労働とは、そもそも付加価値を創造することだからである。
 ということは、人間の労働(付加価値を生む人間の活動)は情報視点で見れば、
「情報を収集し」
「情報を創造し」
「情報を転写し」
「情報を発信する」
というビジネスプロセスのどこかに割りつけられている。

2:人間の労働を情報視点で見る
3:人のキャリアを情報視点で見る
P.135

 組織論では、「企業に蓄積される組織能力」のことを、「ケイパピリテイ」と呼ぶ。ケイパビリテイは漠然とした概念で、企業特有の強みのよぅなものとされている。企業競争では、ケイパピリテイを備えることで、競合企業に対して差別化を行っている。
 つまり組織能力であるケイパピリテイは、ストックである。ケイパピリテイは、企業価値評価では無形資産として、金額で評価される資産である。

4:タレントとはどんな人達か
第三部 タレントを生かす仕組み
1:なぜタレントを生かすのは難しいか
P.184 B級人材の心理

 かつて、シリコンバレーのスター卜アップ企業では人材採用の心得として経験的に次のように言われていた。
「B級人材はC級人材を採用する」
「A級人材はA級人材と知り合いである」

P.197

結局、旧式の米国式経営や、学校で教えている経営学が有効なのは、「古典的な資産」とか「権利」のよぅなシンプルな財を扱ぅ単純なビジネスの場合だけである。

2:ソニーの失敗
P.204 時代に合わない米国式経営

 旧弊な米国式経営では、「労働者」を暗に一九世紀からニ〇世紀前半の単純労働者と想定している。石油プラント、バナナ農園の労働者などは、経営学の人材論.組織論でも十分である。そぅした定型労働に関わる労働者のハタラキは、人数で数えて成果も人件費も管理すればよい。いらなくなれば、辞めてもらえばよい。彼らはタレントではなくワーカーである。「資産」ではなく「費用」である。

3:トヨタのタレントを生かす仕組み
4:米国が学んだトヨタ

 ハーバード大学のヴォ―ゲル教授が良い例である。『Japan as No.1』と持ち上げておいて、その傍らでは、日本の成功例、失敗例をくまなく調べていた。米国人は謙虚に調査.研究.学習する点が優れている。これが米国の強みである。
 ところが、その反対に、日本の官庁系に近い一部の企業の人達の間では、手がつけられないほどの傲慢さが目立つ場合がある。自分の頭で考えて素直に学習しない。自分の頭で考える習慣がなくなつている人が増えていることに、私は危機感を持つている。

P.247 製品開発方式の伝達

大学関係者の中で、トヨタの製品開発や主査制度に関して、ある程度正確な内容をはじめて英語圈に紹介したのは、アレン•ウォードといぅ人物のよぅである。
 ウ「ォードは元々、米国陸軍に勤務する軍人だった。MITの人エ知能研究所で博士号を取得したのち、ミシガン大学機械学科の助教授になった。

P.249

 ちなみにウォードは主査のことを、起業家的システム設計者(Entreprneur System Designer)とその著書の中で定義している。
 主査制度はなかなか定着せず苦労したという。試行錯誤する中で、MBAを持つビジネスマンとシステム設計者をニ人ー組にして、主査ー人分の役割を担わせようとしたこともあるという。ところがことごとく失敗してしまつたそうである。
 第2部で説明したようにMBAでは知的基盤が薄弱過ぎて能力的に難しいし、また、単なるシステム設計の専門家でも十分ではないからである。

5:シリコンバレーのシステム
P.267

 現状のシリコンバレーの仕組みでは、息の長い研究開発.技術開発には向いていないかもしれない。ベンチヤ―企業の場合は、短期的なリターンが必要となるフアンドと組んでいることが多い。そのため長期的な事業への取り組みがなかなか難しい。また、米国は歴史的に資本側.金融側のパヮーが強い。そのため肝心の実業のほぅが、資本市場に振り回されているといぅ欠点がある。

エピローグ タレントを動かす目的意識
【関連読書日誌】

  • (URL)“のちにサイエンティフィック・アメリカン誌が「情報時代のマグナカルタ」と呼んだこの論文『通信の数学的理論』は、特定の事柄というより、一般法則や共通概念に関するものだった。「シャノンは常に深奥で本質的な関係性を求めていた」” 『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』 ジョン・ガートナー 訳: 土方奈美 文藝春秋
  • (URL)“優れた発想や計画はイノべーションには欠かせません。ただ何より時機が肝心です” 『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』 ジョン・ガートナー 文藝春秋 (その2/3)
  • (URL)ベル研究所の歴史を振り返ると、現実はそれほど単純なものではないことがわかる。またそこからは、われわれが市場の価値を過大評価しがちであることが読み取れる” 『世界の技術を支配する ベル研究所の興亡』 ジョン・ガートナー 文藝春秋 (その3/3)
  • (URL)シリコンバレーに本物の「最初」はほとんどないと彼らは考える。すべてのイノべーションは他者の肩の上に築かれるのだ” 『 アップルvs.グーグル: どちらが世界を支配するのか』 フレッドボーゲルスタイン 訳:依田卓巳 新潮社

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

世界に冠たる中小企業 (講談社現代新書)

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