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“網野さんが豊かな想像力と批判精神をとおして創造しようとした歴史学は、墓石も記念碑も土の下に埋葬されてきた人間たちのために、記憶の大地にみずみずしい花を咲かせようとすることだった” 『僕の叔父さん 網野善彦  (集英社新書) 』 中沢新一 集英社

僕の叔父さん 網野善彦 (集英社新書)

僕の叔父さん 網野善彦 (集英社新書)

網野善彦中沢新一の叔父さんだった.網野善彦の死後,若き日の交流を思い出とともに語った本である.なによりも,中沢の網野に向ける眼差しは,温かく親愛の情に満ちあふれている.それが読者にもすごく心地よい.
 本書のもう一つの魅力は,近代生活に馴染みきってしまった私たちが忘れている,あるいは,既にしるすべもない,古い民俗の名残のようなものの世界へ私たちを導いてくれる点である.それは,網野史学の魅力の一つなのだが,中沢という新しい語りべを得て,なんとまあ,逃れがたい迷宮の世界に引きずり込まれていく気がするのである.
P.25

鳥刺しの教え
い小さな日本家屋が出現した。民家のようでもあるけれど、どことなく水商売風の雰囲気も漂っている。見ると入り口には「生駒庵」という看板が掛けてあり、その脇に「焼き鳥、野鳥もあります」と染め抜いた旗が、風になびいている。こんなところに焼き鳥屋があるのも不思議だったが、網野さんはなにかピンときたらしく、お腹もすいたし、どうだい、焼き鳥を食べてみようよ、とずんずんその庵に入っていってしまうのだった。

この怪しげな焼き鳥屋が示す鳥刺しの教えとは何か.それは,読んでのお楽しみだが,この鳥刺しの教えが,本書の冒頭にあるところが,なんとも心憎い.それは,若き日の中沢新一の網野との交流の原点でもあった,
P.30

柳田國男と交わした往復書簡をもとに著された『石神問答』は、日本民俗学の出発点を飾る書物として名高い。徳兵衛はこの山中共古の力添えを得て、日下部教会を創設する(このあたりのことが、なぜか山口昌男『「敗者」の精神史』に詳しく書いてある)。

P.53

この手応えをもって網野さんは、依頼されたまま長らく進行が難渋していた鎌倉時代の歴史書を、一気に書き上げようと決意した。中世の飛礫をめぐる網野さん自身の発見が、そこでは重要な役割を演ずることになるだろう。しかしそこで律儀な網野さんは、自分の思考に最初に火をつけてくれた人を立てるために、自分の本よりも先に父が飛礫についての研究をまとめて、出版しておいてくれることを望んだのである。
「そう言ってくれるのはうれしいが、網野君、ぼくはものを書くのは君みたいにすらすらできないのだぞ。しがない田舎者なんだぞ。まああせらないで、待っていてくれないかい。それよりもぼくのことなどに遠慮しないで、まず君がそのことを書くべきだよ。きっと革命的な本ができるだろう。それを読んで楽しむほうが、ぼくにはふさわしい」(中沢厚著作『つぶて』はその後一九八一年、網野さんの尽力によって法政大学出版局から出版されることになる)
そう説得された網野さんは、その後一九七三年の夏休みを費やして、『蒙古襲来』の執筆に
取り組むことになる。

P.62

つまり『蒙古襲来』を書く主体は、飛礫・博打・道祖神をとおして立ち上がってくる、歴史意識の外に置かれてきたものに立脚して、歴史を記述する行為をおこなおうとしていることになる。そうやって網野さんは、これまで、「歴史を書く」という行為の中で無意識に前提とされてきた、思考の制度のようなものを解体してしまおうとしたのである。

P.63

ここが『蒙古襲来』にはじまる網野さんの歴史学と、それまでの民衆史観的な歴史学とを、決定的に分ける点である。実証主義的な歴史学の中で描かれてきた「民衆」は、こう言ってよければ、近代人としての人間の「底」の抜けていない、ひとつの閉じた概念なのである。

P.68

アジールは人類学や宗教学では、古くからよく知られた主題である.

P.69

サンクチュアリ(聖所)」と呼ばれているのも本質的にはアジールといっしょで、精神に病をかかえた人々が避難の場所として逃げ込んだ「アサイラム(アシュラム)」は、近代になってはていのよい隔離所として機能するようになった。

P.70

よく知りもしない相手に自分の常識を押しつけるのは、ぜったいによくない。ぼくは今日の常識が明日の非常識に変わってしまう光景を、何度も目撃してきたからね。

P.71

今はもう存在することがなく、過去においても理想的な状態は長いこと持続することはできず、またこれからのちもけっして実現することはないだろうが、そのことについて思いをめぐらし、その理想を実現するために心を傾けて努力することによって、世界は変わっていくかもしれない。アジールとは、そういう概念なのである。

P.72

そのくつがえしは、根こそぎの、総体を巻き込んだ転倒の試みとなるだろう。なぜなら、歴史学者自身を拘束している「常識」は、私たちの生きているこの世界をつくりあげている全体的プログラムの、重要な一部分であるのだから、それをくつがえしていく作業は、どうしても総体的かつ根こそぎなものとならざるを得ないからである。

P.73

 平泉澄東京帝国大学国史学科の教授として、戦前から戦中にかけて、大学の内外に絶大な影響力と権力を行使した。皇国史観の大立者である。専門は網野さんと同じ中世史。関心領域も、重なっていることが多い。その人物が、若い日に修士論文として東大国史学科に提出したのが、『中世に於ける社寺と社会との関係』という著作であり、その本で平泉澄はまさに中世の寺社がアジールとして機能していたという、まことに卓抜な論を展開したのである。

P.76

神話的思考にとって、トランセンデンタルな領域は、動物や植物の世界である深い森の中にあった。そこに棲む熊のような動物が、自然の根源にひそむ威力を代表していたのである。ところが国家が形成され、その支配が列島のすみずみにまで及んでくるようになると、社会的規則の外部にあった「自然」の領域の権威は、しだいに侵食されるようになる。そして社会的規則の世界を支える権威である「天皇」が、この「自然」の領域にも支配圏を拡大してくるようになる。それはたしかに一面では野生の思考の没落を示している。しかしそういうことが現実化しつつあった申世という時代は、もう一面においては、新しい形に表現し直された野生の思考と近世的な権力思想とが激しくせめぎ合う、カオスの場でもあったのだ。中世に生まれたさまざまな思想の表現が興味深いのは、そこにまだ野生の思考の生命力が横盗していたからである。
今日に伝わる対馬の天童山伝承を生んだのも、そういう中世的思考にほかならない。元禄三年に島主の命令で島の知識によって著された『天道法師縁記』には、つぎのような内容が書かれている。

P.84

ここで平泉澄はあきらかに、対馬を含む北九州の一部と南朝鮮の一部とが、かつては同一の生活文化圏を形づくっていたという考えに立っている。しかもそこにはいかなる世俗の権力も踏み込むことのできない、自由空間の思想が生き生きと活動していたのである。この本が書かれてから十数年後、東大教授となった彼がさかんに権威を振り回しながらおこなった、罪作りな皇国史観的な発言からは想像もできないブリリアントな思考である。またそこにはたしかに網野善彦歴史学的思考にも通じていくような、現代的な思考の萌芽も見出すことができる。

P.88

供御人や神人の活動の具体的なことなんて、つい最近までほとんどの歴史学者は関心をもっていなかった。中世の寺社がもっていた特権の源泉はなにかと問うたとしても、返ってくるのは政治経済論的な解釈ばかりだよ。アジールの問題について、戦前には平泉澄をはじめとしていくつかのいい研究が出はじめていたし、供御人の研究についても、君が今言った中村直勝とか豊田武とか、優れた研究がいくつもあったんだ。ところが戦後になって、盥(たらい)の水を流すのといっしょに、赤ん坊まで流してしまうやり方で、せっかく生まれかかっていたよい芽まで全部否定してしまったものだから、戦後の歴史学はまだずいぶんと貧困をひきずっているんだよ。戦前の歴史学者の研究などは無視してもかまわない、という傲慢があったんだろうねえ。ましてや皇国史観平泉澄の書いたものなんかって気持ちだろう。でも彼のアジール論は、ある意味でとても優れたものだと思うよ。

あとがきより

 古代人が「オルフェウスの技術」と読んだものをとおして、人は亡くなった人々や忘れ去られようとしている歴史を、現在の時間の中に、生き生きと呼び戻そうとしてきた。墓石や記念碑を建てても、死んでしまった人たちは戻ってこない。それではかえって死んだ人たちを遠くに追いやってしまうだけだ。リルケの詩が歌っているように、記念の石などは建てないほうがよい。それよりも、生きている者たちが歌ったり、踊ったり、語ったり、書いたりする行為をとおして、試しに彼らをよみがえらせようと努力してみせることだ。
 網野さんの歴史学が、まさにそういう行為をめざしていたのではないだろうか。実証的な歴史学は、すでに消え失せた世界のために記念の石を建てることはできるが、それが真実の歴史学となるためには、まだそこにはなにかが決定的に欠けている。網野さんが豊かな想像力と批判精神をとおして創造しようとした歴史学は、墓石も記念碑も土の下に埋葬されてきた人間たちのために、記憶の大地にみずみずしい花を咲かせようとすることだった。
 来るべき歴史学は「オルフェウスの技術」から、多くのことを学ばなければならないだろう。歴史はつねに自分が語りたかったことを語り損ねる。その語り損ねた思いや欲望を掘り起こしつつ、歴史学は実証的な現実というものを声低下亡き得手はならないのではないだろうか。人はみな運命に抗おうとする自由が、自分の内面に動き続けているのを知っている。それと同じように、歴史学は現実の世界をつくりあげる運命だけではなく、それに抗って別の世界を切り開いていこうとする自由な意思が、たえまない活動を続けていることをも語ることができなくてはいけない。

本書冒頭には,リルケの詩が掲げられている(富士川英郎訳)

 記念の石は建てないがいい ただ年毎に
 薔薇の花を彼のために咲かせるがいい
 なぜならそれはオルフォイス あれやこれのなかの
 彼の変身なのだ ほかの名前を

 私たちは苦しんで求めることはない 歌うものがあるとき
 それは必ずオルフォイスだ 彼は来て行く
 時たま彼が二三日 薔薇の花より生き永えるとき
 それはもう大したことではなかろうか?

【関連読書日誌】
沖縄におけるアジールの世界がちらりと触れられている.
“人々がゆううつや不安,イライラなどの都合の悪い感情を,異物としての外在化,つまり外からくるものとしてとらえる傾向が強くなっている” 『眠れぬ夜の精神科―医師と患者20の対話 (新潮新書)』 中嶋聡 新潮社
【読んだきっかけ】
網野善彦が亡くなって.
【一緒に手に取る本】

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

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古文書返却の旅―戦後史学史の一齣 (中公新書)

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こういう何気ない本が網野善彦のもう一つの魅力
大東亜科学綺譚 (ちくま文庫)

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中沢の祖父,中沢毅一のことがでてくる.駿河湾水産生物研究所を私設した人