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“わたしの映画は、「仕込み」のない、できごとの記録に基づいたナラティヴの構築物だと言える” 『全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する』 編:土本典昭, 鈴木一誌  岩波書店

アメリカのドキュメンタリー映画監督,フレデリック・ワイズマンの全貌を伝える書.すべてを読み切るには,当分かかるので,とりあえず記録しておきます.600頁に及ぶ大著.ワイズマンへのインタビュー,全作品のフィルモグラフィー,十余人による,ワイズマン論.フレデリック・ワイズマン事典とでもいうような保存版.
 ワイズマンの名前はつい最近まで知らなかった.昨月,立命館大で,ワイズマンの上映会で2作品を観て,ワイズマンのトークを聞いた.晩年の加藤周一に似た風貌.1930年生まれ,イエール大学のロースク―ル卒と言えばエリートと言えるだろう.37歳で,処女作,「チチカット・フォーリーズ」を監督.以来,ひたすらドキュメンタリー,それも,ナレーション,字幕,音楽,インタビューの「無い」ドキュメンタリーだけをひたすら撮り続けてきた人.アメリカの歴史をある側面から切り出していると言えよう.ちなみに,処女作「チチカット・フォーリーズ」は,25年間裁判所命令によって実質上映することができなかった.

ユダヤ人排斥がいたるところにあり、ラジオでヒットラーのスピーチ,日曜朝の全国放送ラジオ番組でユダヤ人をいつも罵倒していたローマ・カソリック司教、ファーザー・コグリンのわめき声を聴いていたわたしには、少なくともそう思われた.
(略)
一九三〇年代のボストンでは、ユダヤ人がヤンキーの法律事務所の所員になること、またはボストン病院に職員の地位を得ることは、ほとんど不可能だった。多くのユダヤ人は、ユダヤ人街、ゲットーに住んでいた。アイルランド人やイタリア人などの下級とみなされていた移民も、隔離されたそれぞれのゲットーに住んでいた。彼らはすべて、主流をなるニューイングランド・ヤンキーによって、二流市民として扱われた。

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