“あの「戦勝祭」の朝、雨上がりの広場で「独立と自由」のスローガンを見ながら、私はやはりハノイには総てが許されたのではないか、と思った” 『サイゴンから来た妻と娘  (文春文庫 こ 8-1)』 近藤紘一 文藝春秋

サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)

サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)

懐かしの一冊である.単行本は1978年,文庫本は1981年,手持ちのものは1986年刊.
近藤 紘一(こんどう こういち、1940年(昭和15年)11月27日 - 1986年(昭和61年)1月27日)は日本のジャーナリスト。東京府出身。(近藤紘一. (2011, March 21). In Wikipedia. Retrieved 17:12, May 2, 2012, from //ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E8%BF%91%E8%97%A4%E7%B4%98%E4%B8%80&oldid=36829434 )
産経新聞サイゴン特派員として,3年間ベトナムで取材.1986年胃癌により惜しまれつつ45歳で死去.何よりも注目すべきは,特派員として滞在中に,ベトナム人の女性(一人の子持ち)を妻としてもとった点.サイゴン陥落を,一外国人記者としてみるのでなく,ベトナム人の視点からものをみることになる.大昔の読んだときの印象派,妻となるベトナム人の底抜けの明るさである.
P.235

 サイゴンで暮らした三年余り、私の視点はたえず揺れ続けた。
 一方には、この戦争の意味を見失うまいとする意識があり、他の一方には、日々の生活を通じて否応なしに肌身に受ける、この国の現実の重みがあった。
(中略)
 北ベトナム戦車隊の入城は「解放」であったのか、「占領」であったのか。
(中略)
 同時に私は、北・革命政府側の「戦勝祭」のさい、壇上に居ならぶ要人らの背後に掲げられた、
「独立と自由ほど尊いものはない」
 というスローガンを目にしたときの、新たな感慨を思い出す。私はそのとき、あらためて(というより、おそらうはじめて)、この有名は故ホー・チ・ミン大統領の言葉の語順が「独立と自由」であり、断じて「自由と独立」ではなかったことの意味を、実感として認識した、と思った。
 絶対の一義は「独立」であった。これにくらべたら、「自由」も二の次なのだ。日本には「ベ平連」という名の団体があったが、当のハノイには一度として、「平和ほど尊いものはない」などという、腰の抜けたことはいわなかったことも、あわせて思い出した。

P.237

 だが、あの「戦勝祭」の朝、雨上がりの広場で「独立と自由」のスローガンを見ながら、私はやはりハノイには総てが許されたのではないか、と思った。そして、この気持ちは結局のところ、いまも基本的には変わらない。

 もし,1940年代にベトナム革命が達成され、労働党が主権を握っていたなら,つまり,失われた30年が存在しなかったら,とよく考える,という.
P.238

 超プラグマチックなベトナム人の体質、国土の豊かさ、そして厳しい歴史を生き抜いた民族的英知などから推してみても、ソ連、中国、ましてや北朝鮮のような硬直した社会主義国にはならなかったのではなかろうか。これは大変僭越かもしれないが、私が自らの体験として得たベトナムの人と心への知覚にもとづく個人的確信でもある。場合によっては、ベトナム社会主義国の看板は守りながらも、お得意のたてまえと本音を巧みに使いわけて、その主義を顴骨奪胎し、修正主義どころか実質資本主義国家として、日本をしのぐアジアの主力国家になっていたかもしれない。

【関連読書日誌】

  • (URL)“銃口の向きを変えるためには、おのれの肉体の消滅を賭けて、思想の変革を果たさなければならない” 『イタリア抵抗運動の遺書―1943・9・8‐1945・4・25  冨山房百科文庫 (36) 』 P・マルヴェッツィ, G・ピレッリ編 河島英昭 他訳 冨山房

【読んだきっかけ】
佐高信の『現代を読む―100冊のノンフィクション (岩波新書)』第80冊目.1986年頃のこと.最近,娘がベトナムに行くというので,改めて引っ張り出した.
【一緒に手に取る本】
知る限り,8冊が文春文庫から刊行されているが,今もでているのは少ない.月日を感じる.下記は,第7回大宅壮一ノンフィクション賞の最終選考に残った作品.あとがきによれば,選考委員の開高健から電話があり「一生かかってもあのテーマについて書き直しなさい」と言われたという.

サイゴンのいちばん長い日 (文春文庫 (269‐3))

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ベトナム戦争について知りたい,といわれたら何を薦めればいいのだろう.まずは,ハルバースタムの有名な下記.
ベスト&ブライテスト〈上〉栄光と興奮に憑かれて (朝日文庫)

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次に,ずいぶんとたってから書かれた,マクナマラの下記.最後に,開高健の本.多くのジャーナリスト,カメラマンが命を落としてもいる.
サイゴンの十字架―開高健ルポルタージュ選集 (光文社文庫)

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ベトナム戦記 (朝日文庫)

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