“CIA長官でもあったブッシュ(父)大統領は「成功は人に告げられることなし」のモラルをもっていた人物である” 『 日本の「情報と外交」 (PHP新書)』 孫崎享 PHP研究所

日本の「情報と外交」 (PHP新書)

日本の「情報と外交」 (PHP新書)

週刊誌で,本書の著者,孫崎亨氏のことを知る.TVなどでも盛んに発言するほか,ツイッターでもフォローワーが多いらしい.
孫崎氏のものを読んでみようと思って,手に取った1冊目がこれ.外交官出身の時事ものとしては,佐藤優氏のものをずいぶん読んで,それなりに得るところも多かったが,孫崎氏のものは,またちょっと違った色合い.中途で左遷という憂き目にあってはいるものの,キャリア官僚のエリートである.日本が国際社会で生き残る道は何なのか,冷静にかつしたたかに考えて行かなければならない.TPPを典型とする国際化の波が押し寄せると,ナショナリズム(良い意味でも,悪い意味でも)の影は薄くなり,国際コングロマリッドのひとり勝ちになるのか.
第一章:今日の分析は今日のもの,明日は豹変する
P.38

一見矛盾しているようであるが、独裁政権は国際的危機に直面すればするほど、国内的に強くなる。戦争という非常事態にあって政権に反対するのは非国民だとして、政治的反対派を強権で弾圧していく。経済が厳しくなると、食料の配給ですら、指導者に忠実な人聞は食べ物がもらえる。他方、批判勢力は餓えるということで、指導者の勢力を拡大するのに使える。

これは,フランス革命当時のフランスにもあてはまるだろう.
P.52

表2は、同じくベットフェア社が十一月五日に発表した「オパマはいかにして大統領を勝ち取ったか(How Barack Obama Won The U.S. Presidency)からの表である。

第二章:現場に行け,現場に行け
P.55

 今日の分析が完壁であることには自信をもってよい。その努力はすべきである。しかし同時に、「今日の分析は今日のもの、明日は豹変する」、この謙虚さをもっ必要がある。
 これが三十年以上、情報分野に従事した者の教訓第一である。

第三章:情報のマフィアに入れ
P.86

外部の者が米国国務省政策企画部レベルの人と接触する一番確実な道は『フォーリン・アフェアーズ』誌を読むことである。『フォーリン・アフェアーズ』誌を発行している米国外交問題評議会の会長には、ウインストン・ロード(一九七七年ー八五年)、リチャlド・ハース(二00三年−)と、国務省政策企画部長を経験した者が就任している。

P.89

ハーバード大学等、米国の著名な大学は「象牙の塔」ではない。現実の社会で何が起こっているかの最新かつ直接の担当者の見解を詳細に得ている。「情報のマフィアに入れ」−−米国のトップクラスの大学は、米国政府の動向をつねに取り入れることを制度として担保している。

P.104

これもまた「情報のマフィア」の集まりである。インターネットの発達した今日、こうした会議で何が議論されているか、入手することがそうとう容易になっている。

第四章:まず大国(米国)の優先順位を知れ
P.111

当時、駐東独大使館などがベルリンの壁の崩壊を予測できなくても無理はない。スタートはハンガリーで起こっている。

P.116

リチャード・ゲッパート民主党下院院内総務は「ベルリンに行って学生と一緒にベルリンの壁の上で踊れ」とブッシュ(父)大統領にいったが、「米国大統領にとっていま最も馬鹿なことは、ベルリンの壁の上で踊り、ソ連軍とゴルバチョフの目に指を突き刺すことだ。彼らがどういう反応をするか分かったものではない」として極力自制したことを述べている。ブッシュ(父)大統領はベルリンの壁の崩壊という大勝利を収めただけで、米国の果たした役割について口をつぐんだ。だから多くの人は気づかなかったのである。
 この一連の動きは何を示しているか。
 第一に、ベルリンの壁崩壊に至る動きは、ベルリンではなくハンガリー、別の地域の動きに大きく左右されていること。
 第二に、米国がハンガリーでの動きを支援したのは、ゴルバチョフが今後どう動くかをテストする一環として行なわれたものであること。
 第三に、ハンガリーが動けたのは米国の支援を確信したからであるが、米国自体の動きはまったく見えなかったこと。
 第三の点は外から見えないだけに、とくに重要である。一九六一年十一月二十八日、CIA新本部落成式で、ケネディ大統領は「成功は人に告げられることなく、失敗はそれを告げざる人なし」と述べたが、CIA長官でもあったブッシュ(父)大統領は「成功は人に告げられることなし」のモラルをもっていた人物である。
 「東欧で何かが起こる」を察知した岡崎久彦氏、「米国・ハンガリーの情報機闘が異常な協力関係にある」を察知した渋谷治彦氏、いずれも事実の解明に迫っている。さすがに外務省で情報分野に秀でていると評判の二人の動きである。しかし、もし外務省がこの二人のリードを生かし、組織的に動けたなら、「ベルリンの壁の崩壊」の予測にいま一歩踏み込めたであろう。

P.132

 イラン国王の崩壊の過程を見た。米国がかつて支持をし、見切りをつけた指導者には、他に南ベトナム政権問ばいげザイン・ジエム大統領がいる。イラクサダム・フセイン大統領もこの範障に入る。吉田茂総理もそうであろう。こうした人々の扱いを見ると、一つのパタ
ーンが見えてくる。
 (1)ある時期、何らかの理由(共産主義と戦う、この国の隣国と戦う)で重用した指導者でありても、この理由が消滅し、この指導者の存続が米国の利益にマイナスであると判断したときには、支持を止め、交代を模索する。
 (2)彼の支持基盤には、米国の支持ぶ消滅したことを伝える。かっ、この指導者の追放運動に加担しでも米国自身はこれを斜めないことを伝える。
 (3)指導者追放においては、大衆運動、マスコミ、軍や治安機関などを積極的に動かす。その際、資金提供を行ない、側面的支援をする。
 (4)指導者の交代後の新たな指導者選ぴに関しては、積極的に関与していない場合が多い。したがって最終的に見ると、指導者の交代、新たな政権の誕生が米国の利益に反する結果を招くことがしばしば生ずる。

第五章:十五秒で話せ.一枚で報告せよ
P.156 

 一番大事なことを、まず十五秒で話し切ることである。
 情勢分析を真剣に行なってきている人ほど、自分の分析に自負心がある。「この情報は、いままでにない情報である」「国際情勢を語るなら、この分析は必ず知らねばならない」と思う。最低十分、少なくとも十五分くらい必要だという気持ちがある。一つのテーマで四十五分講演しても、十分な説明はできなかったと思う。それは事実である。しかし、それにもかかわらず、出だしは「十五秒で話せ」である。

P.139

米国では今日、いろいろなウエブサイトがある。このうちSWOOPは、CIAの元情報分析官等が運営している。『ワシントン・ポスト』紙が「素晴らしい情報源をもった外交製作ウェブサイト(well sources foreign policy website)」と評価し、英国『デイリー・テレグラフ』紙が「素晴らしく情報源に喰い込んだウェブサイト(a remarkably well-plugged-in website)」との評価を記している。「remarkably well-plugged-in」が重要である。「第三章情報のマフィアに入れ」の視点で見て、このウェブサイトは価値がある。

第六章:スパイより諜報
P.149

国家安全保障局の主たる任務は盗聴である。国家安全保障局がこれだけ大きな規模になり、CIAに威張れるのは、何といっても第二次大戦、とくに日本軍との戦いである。米軍が日本軍に対して比較的容易に勝利したのは、盗聴のおかげである。対日戦争では盗聴が決定的役割を果たした。元CIA長官アレン・ダレスは『諜報の技術』で次のように-記述している。

第七章:「知るべき人へ」の情報から「共有」の情報へ
P.174

米国における九・一一同時多発テロ事件は、米国情報組織に、情報処理のあり方の抜本的改革を迫っている。それは「need-to-know」から「need-to-share」への変化である。訳すれば「知るべき人へ」の情報から「共有」の情報への変化である。

第八章:情報グループは製作グループと対立する宿命(かつ通常負ける)
P.214

もっとも、対日工作は経済分野だけではない。第二次大戦後、米国は日本に対してさまざまな政治工作を行なってきた。それは今後も続くであろう。春名幹男著『秘密のファイル−−CIAの対日工作」(新潮文庫)がCIAの対日工作について詳しい。しかし、なかなかCIAの対日工作の全貌を臨むのは難しい。類似のケースを見て、推測する手段がある。
 コルピー元CIA長官は、著書『栄光の男たち』で、第二次大戦後イタリアでのCIA活動について一記述しているが、日本への工作もイタリアへの工作と類似している。

第九章:学べ,学べ,歴史も学べ
第十章:独自戦略の模索が情報組織構築のもと
P.233

日本の敗戦後の占領下、米国が最も重視した政策は、日本が二度と軍国化しないことである。そのためにいろいろな装置をつくった。日本は今日に至るまで、独自の戦略的攻撃兵器(相手の国の死活に影響を与えるレベルの攻撃兵器)をもっていない。日本では自衛隊に対して文民統制、シピリアンコントロールが説かれているが、大学で軍事・安全保障に特化した講座はまずない。このなかで、シピリアンがどうして国際水準に達する安全保障の知識を得られるのか。

新書版あとがき−−リーダーは「空気」を読んではいけない

尖問問題をめぐる国内世論の動向を見るにつけ、思い出される一冊の本がある。一九七七年に出版された山本七平氏の代表作、『「空気」の研究』(文藝春秋)である。
 〈至る所で人びとは、(日本における)何かの最終的決定者は「人でなく空気」である、と言っている〉

 知人の中国人女性(ご主人が日本人で、親日家)が面白いことを言っていた。
「中国では、偉くなればなるほど(社会的地位が高くなればなるほど)IQが高くなる。これは当たり前のこと。でも不思議なことに日本では、偉くなればなるほどIQが低くなる」

【関連読書日誌】

  • (URL)日本の国民にはわからないけれど、北朝鮮、韓国、中園、ロシアとは本当に仲良くしておかなければ、将来日本の国は危ない” 『聞き書 野中広務回顧録』 御厨貴, 牧原出 岩波書店
  • (URL)その時、若泉の耳朶にふれたのは、かつて激戦が展開された摩文仁(まぶに)の丘の戦跡を初めて訪ねた際、見知らぬ地元の男性から教えられた「むせびなく霊の声がこの丘にかすかにひゞく遠き海鳴り」という一首であった” 『「沖縄核密約」を背負って:若泉敬の生涯』 後藤乾一 岩波書店
  • (URL)運命とは、人生の中での出会いのことである。出会った人との関係は一生続き、出会ったものごとの影響は、死ぬまで残る” 『運命を生きる――闘病が開けた人生の扉 (岩波ブックレット) 』 浅野史郎 岩波書店
  • (URL)人柄の優れた人々に対しては、われわれは誰に対するよりも多くの信を、速やかに置くものなのである” 『「政治家と弁論術」古典でしか世界は読めない』 佐藤優 文藝春秋 2011年11月号

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

秘密のファイル〈上〉―CIAの対日工作 (新潮文庫)

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秘密のファイル〈下〉―CIAの対日工作 (新潮文庫)

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以下にように,この著者の書物は,多様な良い出版社からでているところが特色かも.
中国問題: キ−ワードで読み解く

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戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)

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日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 (ちくま新書 905)

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アメリカに潰された政治家たち

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日本人のための戦略的思考入門――日米同盟を超えて(祥伝社新書210)

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不愉快な現実  中国の大国化、米国の戦略転換 (講談社現代新書)

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