“ブルジョアの排撃,つまり、全体主義の時代風潮とは、そのようなかたちで、大衆の側からの「平等」への願いを含んでいる” 『きれいな風貌―西村伊作伝』 黒川創 新潮社
- 作者: 黒川創
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2011/02
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西村伊作は,1884年,新宮生まれの教育者,建築家.今でもお茶の水にあり,与謝野鉄幹,晶子などが運営に関わった,文化学院の創立者である.山林地主の家系に生まれるが7歳のとき,濃尾地震によって両親を失う.8歳にして家督を相続し,膨大な山林資産を継承するも,その後,その資産で放蕩することはなかった.若くして洋行,27歳のとき大逆事件で叔父大石誠之助を失い,自身も一ヶ月拘留される.1921年,37歳のとき,文化学院を創設.自身の子どもたちの教育のためというのが一つの理由.当時の時代背景に反し,男女共学を柱とした.
西欧風の習慣,文化,価値観を身につけている点,進取の気性,自由の精神など,白州次郎を彷彿とさせるところもあるが,白州は1902年生まれだから,彼より2世代も上なのだ.
P.136 文化学院の開設に際して
寄付は受けない、と決めていた。政府からの援助も受けず、その代わりに、法律などに縛られない教育課程にしたいと考えた。これには、男女共学の学校としたい、ということも含まれていた。だから、中学校令にも、高等女学校令にも拠らない、「私立学校」として東京府の認可を受けた。
(中略)
校長・西村伊作,学監・与謝野晶子,石井柏亭,主任・河崎なつ、外国文学顧問・戸川秋骨,日本文学顧問・与謝野寛,音楽及び舞踊顧問・山田耕作(のちに耕筰)、という幹事格の顔ぶれである。
授業料は,年間120円,当時高いと言われた,慶應義塾大学の授業料より高いとのこと.
P.175
文化学院が、ブルジョワのお嬢さん、坊ちゃんが多数を占める学校であったことは確かである。
(中略)
駅前交番の巡査がとがめようとしても、彼女らは臆さず抗弁した。口ごもってしまう田舎出の若い巡査の胸中のわだかまりに、そのとき、彼女らが思いをめぐらすことはなかったろう。
「この非常時に、なんたること!」−とか、一喝で、こういう連中をへこませられたら、どんなにいいか…,と。ブルジョアの排撃,つまり、全体主義の時代風潮とは、そのようなかたちで、大衆の側からの「平等」への願いを含んでいる。
平等への願い,といえば聞こえはいいが,それが悪だとすれば,それは嫉妬のエネルギーかもしれない.
西村伊作の価値観,人生観について
P.200
「悪は、嫉妬から生ずる観念であるといいうると私は思う。習慣によって禁圧されていることの一つを、だれかが自由に行動すると、他の多数の者がそれを見て、自分等もそれをやったら欲望を達しられるのだが、罰せられるのが恐いからやれない,彼だけが自由に禁を破って甘いことをしているという、やきもちの心でその自由行動者を迫害し、罪に落とそうとする。」
いま、自分は、現今のキリスト教会の信徒にはなれない。教会は、あまりに罪を人になすりつける。「純正宗教には、仏教でも何教にでも悪がないのだと思う。」−
西村伊作その人の哲学の一端が、何かに取り憑かれたように突きつめられ、self-madeされた、ここに開陳されている。「悪」という観念は、「嫉妬から生ずる」というのが、彼のここでの自己発見のひとつの核である。
これは,この間読んだばかりの『かくれ佛教』(鶴見俊輔 ダイヤモンド社)に近い.
P.288
「(略)私はプロレタリア独裁の下でも君主専制政下でも自由主義や民主主義の社会の中でも、どんな政府の下にでも自分が置かれた場において自分の利益になることを見出し、自分を楽しくさせることができると思う。」
P.170 弟の葬儀に際して
葬儀のとき,伊作は「小さくていいもの」というスピーチをした。−この葬儀は小さいものだけれども、皆が心をこめて集まってくれて、とてもよいものだった、われわれは多くを望みがちだが、小さくていいものを求めることのほうが大切である − という主旨のものだった。
文化学院は,戦後の混乱期に,「文化教会」と称する連続講演会のような催し物を開催した.(今で言う,なんとかカフェみたいなものでしょうか)
カリエスのため軽井沢で療養中の24歳の鶴見俊輔のもとへも,西村の娘が講演の依頼に訪れたという.鶴見は,講演会場で同じ講師として招かれていた柳宋理(柳宋悦の長男)と知り合ったという.『かくれ佛教』(鶴見俊輔 ダイヤモンド社)には,柳宋悦の出会いが書かれていたと記憶する.
その他,本書で知ったエピソード
- 19世紀イギリスのデザイナ,ウイリアム・モリスは,社会主義者でもあり,日本に大きな影響を与えた.
- 24歳ドイツ留学における船上での知り合いに,寺田寅彦(当時,東大助教授30歳)
- 新宮を中心とした交流:管野須賀子,南方熊楠,荒畑寒村,幸徳秋水など
【関連読書日誌】
“最後まで知性のクレイドルcradle(揺り籠)は疑いなんだ。疑いを全部切り捨てるような境地に行くのは、これはファナティシズム、狂信の境地でしょう” 『かくれ佛教』 鶴見俊輔 ダイヤモンド社
『文学者たちの大逆事件と韓国併合』 高澤秀次 (平凡社新書)
【読んだきっかけ】
いくつかの偶然が重なって,文化学院を知り,西村伊作を知る.出版当時に,著者による講演も拝聴.「考える人」連載時から拝読.
【一緒に手に取る本】
教育者(?)西村伊作
愛と反逆の娘たち―西村伊作の独創教育 (中公文庫 M 168-3)
- 作者: 上坂冬子
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- 作者: 黒川創,藤森照信,坂倉竹之助,大竹誠,田中修司,住友和子編集室,村松寿満子,INAXギャラリー企画委員会,普後均
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