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“それにしても呟きのひとつ、囁きのような物言いさえ、自分と世界との関係を決める行為であると気づくまでに一体どれほどの歳月を要したことか” 『 言葉を恃む』 竹西寛子 岩波書店

言葉を恃む

言葉を恃む

竹西寛子氏の講演をまとめた珠玉の一冊!

言葉によって生きることこそ、自分を知る手立てであり、
自分の在り方を決めることである――。
書くこと、語ることを通して自分を探し、広い宇宙を探ってゆく、
その恐ろしさと魅力。
古典詩歌をはじめ、芭蕉与謝野晶子川端康成野上弥生子ら、
言葉の先達との出逢いと精神の交歓について語った、
著者はじめての講演録。

あとがきより

それにしても呟きのひとつ、囁きのような物言いさえ、自分と世界との関係を決める行為であると気づくまでに一体どれほどの歳月を要したことか。かえりみると、まことにあってないような私の積年でしかないけれども、遅れて言葉の恃み難さに気づき、それゆえに躓きながらでも恃まざるを得なくなつた言葉との間柄に沿って、折々につとめた講演の中から九つだけを収めることにした。

P.11

知るということはやはり、不自由になることでもありますけれども、知らないままであったらどんな恐ろしいことをしていただろうと思うことのほうが多くて、次々にいろいろものを読むようになりました。知らないで書くということの怖さをだんだん感じるようになりました。知っていることを全部書く必要はないけれども、知っていてそのことを書かないのと知らないで書かないのとでは、文章の力が違います。

P.81 歌の持つ普遍性

私は、与謝野晶子の歌について小さい本をまとめました。「陸は海より悲しきものを――歌の与謝野晶子」(筑摩齊®、ニ〇〇四年)といぅ書名です。直接のきっかけは、二十年あまり前に山川登美子の歌について書いたことでしたが、それから、いくつかのことを気にしながら、考えたり考えなかったり、感じたり感じなおしたりを繰り返していました。こういうことがありまして、自分では、山川登美子の本を出したあと、おそらく与謝野晶子は書かないと思っていたのです。

P.113 人と風土の関係

私のなかにその人の生地まで訪ねて取材してものを書きたいと思った女流作家は、これは作家のタイフや好みにもよると思うのですが、そういう人はほとんどありませんで、例外を申しますと山川登美子がそうでした。ただ旅行者として、その人が生まれた土地とか、長く仕事をして過ごした土地、あるいはゆかりの土地を訪ねるような旅は何度もいたしましたけれども、そこに何日も泊まってその界隈の生活を探ろうとするとか、そういうことをした人は、今までには山川登美子一人でございました。それは、私にとっての山川登美子の幾首かの歌が、ある時は与謝野晶子以上にしみじみとしたものとして――これは歌がいい悪いの比較ではなくて、親近感ということなのですが――感じられたために、次から次へいろいろなことを知りたくなったのです。

P.122 野上文学と風土

明治の女子の高等教育は今と非常に違っていて、一九三〇年代にいろいろな法令が出ておりまして、多くは宣教師が学校の創設に関わっていられる。フェリス女学校や大阪の梅花女学校もそうだと思うのですが、明治女学校はそうではありませんでした。まったく独自な、キリスト教の考えも導人しながらけっして信仰を強制しない。

P.129

評論でつねに厳しいことをお書きになる平野謙という方がいらつしやいました。この方は、野上さんがいろいろ社会的関心をお持ちになり、またすぐれた知識人として発言はなさるけれども、実際に直接行動には出られないということを、例えば宮本百合子さんと比較して、「宮本さんは実践的表現者である。しかし野上さんは観照的表現者である」とお書きになりました。その「観照的」を私流に言い直させてもらいますと、「アウトサイダー」ということだと思うのです。傍観者的態度ということになるのですが、これは特定の思想をもってよしとせず、特定の存在をもって優越させない野上さんであれば、文学者としてこの世に傍観的に生きられるのは当然ではないかという気がしております。

P.152 野上弥生子の文章  よき悪しき生き方の表れ
ある本と出会って,自分の言葉の生活が、いかにいい加減だったかということに強い衝搫を受けた,という.

 その本によれば、言葉遣いは机の前でも机を離れても、学校でも仕事場でもどこでも、書く言葉でも話す言葉でも、その時々のその人のよき悪しき生き方の表れだということです。「よき悪しき生き方の表れ」というのは、その人のその時その時の理性と感性のありようの証明ということであり、言い逃れができないということだと知らされました。あの時はそういうつもりではなかったとか、それはあの人の誤解だとか、そういうことは通用しない、いっさい言い逃れはできない。すべてその時その人のありようを証すのが言葉遣いであるということを、私は昔の人の本のなかで知って、本当にびつくりしました。この衝撃から、なかなか立ち上がれませんでした。

【関連読書日誌】

  • (URL)いつも山峡の大きい自然を、自らは知らぬながら相手として孤独に稽古するのが、彼女の習わしであったゆえ、撥の強くなるは自然である。その孤独は哀愁を踏み破って、野性の意力を宿していた” 『雪国  (新潮文庫 (か-1-1)) 』 川端康成 新潮社
  • (URL)“単純ではない平易な文章が望まれるとすれば、その平易は、自分に即して生まれた必然性のある平易に限り有効である” 『「やさしい古典案内」のこと』 耳目抄310 竹西寛子 ユリイカ 2013年6月
  • (URL)“古典文学の歴史をたたどることは、言葉と文字を連ねてきた日本人たちの物語。研究者ではない私は古典の腑分けはできないけれど、そっと横に添い寝して、古典の思いに耳を傾けることはできるかもしれない” 『 やさしい古典案内 (角川選書) 』 佐々木和歌子 角川学芸出版 (1)

【読んだきっかけ】竹西寛子の名に誘われて衝動買い
【一緒に手に取る本】

野上弥生子短篇集 (岩波文庫)

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田辺元・野上弥生子往復書簡(上) (岩波現代文庫)

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