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“ロッキード事件に関与しながらそれを秘密とするのに成功した中川ら政治家たちの、その後の苦しみを思うとき、私は暗然とする。ダグラス・グラマン事件についても同じような苦悩を抱えた政治家がいただろう。彼らが米政府によってその弱みを握られていると自覚しなかったはずはない” 『秘密解除 ロッキード事件――田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』 奥山俊宏 岩波書店


 3冊ほどよんだ、田中角栄関連書籍の2冊目。著者は、朝日新聞記者を経て、編集委員。歴史の物語は後から作られる。本当にあったことと、推測をもとに流布した、あるいは、意図的に;流布されたストーリーとがおりまぜられて。


戦後最大の疑獄事件とされるロッキード事件。発覚から四〇年が経過した現在、当時の日米公文書の秘密指定が続々と解除されつつある。逮捕された田中角栄元首相はアメリカの虎の尾を踏んでしまったのか? 三木政権の中枢はどう動いたか? 事件を暴いたチャーチ小委員会はどこまで全容に迫れたのか? 米国の国立公文書館や大統領図書館などで発掘した文書をもとに、新たな視点からロッキード事件を読み直す。


本書で知ったこと

  • キッシンジャーは、田中を蛇蝎のごとく嫌っていたこと。アメリカにおけるトランプの登場は、かつての日本の田中角栄に通じるところもある。既存のエスタブリッシュメントは、一見無教養な彼らを毛嫌いする。
  • 「田中が虎の尾を踏んだ」説の間違い。この説は、田原総一郎によって語られた説であり、かなり信じられていた説であった。
  • チャーチ委員会資料、誤配の真相。ロッキード社の内部資料が、届られるはすのない、っチャーチ小委員会になぜ届いたのか。この「護送」がさまざまな陰謀説の憶測を生んだ。その真偽がP274に
  • 海部俊樹元首相

引用文献等豊富で、資料的価値も高い


まえがき
第一章 アメリカ政府はなぜ田中角栄を嫌ったのか?
 ―― 田中逮捕を「奇跡」と喜んだのはなぜか?
第二章 中曽根事務所から「米政府ハイレベルの圧力」
第三章 ニクソン大統領辞任から田中逮捕へと連鎖
 ー ウォーターゲート事件の風
第四章 中曽根幹事長から米政府首脳へのメッーセージ
条五章 三木首相「自民離脱、信問う」示唆、米政府に密使
第六章 CIAから「日本の政党」への資金提供と児玉誉士夫
第七章 日本に米国製兵器を売り込むために
第八章 日本政府高官への黒いカネを暴いて急ブレーキ
 ―― チャーチ小委員会の消滅
第九章 考察―― 本当に「田中角栄は虎の尾を踏んだ」のか?


P.154


「ニ人だけの会談に大した内容なかつた。彼がそれを望んだのは威信につながるからだと思ぅ」
フォードはどこか三木に距離を置いていた。


P.160



 平沢が三木の外交ブレーンであることは広く知られていた。七五年九月一九日の朝日新聞朝刊で、平沢は、「日米首脳会談にさいし三木首相の“先発隊”としてワシントンに乗り込み、カゲの演出者として重要な役割を果たすなど、三木内閣発足以来、首相の外交政策にきわめて強い影響力をもってきたことは内外周知の事実である」と紹介されている。
 しかし、平沢が三木の密使として活動したことは知られていなかつた。
 七六年二月ニ六日夜、若泉はロッドマンに対して、もしキッシンジャーが平沢に会えない場合にはその代理になる別の人物をキッシンジャーに指名してもらい、平沢と会談できるようにしてほしいという、三木の希望を伝えた。
 この報告を受けて、キッシンジャーはみずから会うことにした。
 ここに、元首相・佐藤栄作の密使から現首相・三木武夫の密使へと、キッシンジャーとのパィプの引き継ぎがなされた。


P.189


このころ、米情報機関は、児玉の周辺で不穏な動きを感じ取っていた。児玉と首相の吉田茂は反目しあっており、児玉はのちに「吉田時代の自由党は完全にアメリカのヒモ的存在だった」と振り返った。吉田もまた、児玉を嫌い、岸信介に「あんな男とは付き合うな」と注意することがあつた。
一九五三年(昭和二八年)四月二四日付のCIC調査官の報告によれば、三月一一日、銀座の料亭「おかはん」で、児玉がスポンサ―となって、右翼や元軍人の会合が開かれた。そこでは、吉田内閣を転覆するためには武力が必要だとの意見が出た。


P.192


五九年(昭和三四年二月一四日付のCIA保管の文書には、児玉が右翼でありながら、日中友好協会や日本共産党の幹部と手を結び、河野との関係も生かして、共産党支配下にある中国やソ連との貿易で利益を得ようと活動しているとの指摘がつづられている。「児玉は、共産ブロックとの友好関係の時代になつても、ボートに乗り遅れまいとしている」


P.217


ニ00六年七月一八日、米国務省の歴史担当官は史料集『合衆国の外交』第二九巻第二部を刊行し、その中で初めて、CIAによる対日工作の存在を公式に確認した。米政府は一九五八年から六八年にかけての一〇年間に、「日本の政治の方向に影響を及ぼそうとする秘密のプログラム」として「アメリカ寄りの数人の保守政治家への財政的支援」を含む四つの作戦の遂行をCIAに許可していた――。
 史料集の「編集ノート」の冒頭にそう書かれていた。


P.260


事実を詳細に明らかにして、それをもとに、何が望ましい姿なのかを議論する。それができるのはウォーゲート事件直後の今だけだ、とレビンソンは考えた。
「アメリカの外交政策を本当につくっているのはだれなのか、という疑問があります。米政府が企業を使っているのか、企業が政府を使っているのか。互恵的な関係があります。だれがだれを使っているのか。何が見返りなのか、あるいは、単に利害が並行しているだけなのか」
実際、こうした議論ができたのはウォーターゲート直後だけで、そのほかは後にも先にもない。


P.268


 七七年五月、英ロンドンで開かれたサミット(先進国首脳会議)で、米人統領のジミー・カーターや日本首相の福田赳夫らは「正常でない慣行や不正な行為が国際貿易、金融及び通商から排除されるべきである」「不正な支払の禁止についての国際的合意に向けて作業がなされていることを歓迎する」との首脳会議宣言をまとめた。 
 その暮れ、七七年一二月に、米議会は、外国公務員への贈賄を刑罰で禁止する海外腐敗行為防土法(FCPA)を制定し、力ーターは「賄賂は倫理的にあってはならず、競争上も不必要だと信ずる」との談話を出してこれを施行した。
 海外腐敗行為防止法について、レビンソンは「日本のロッキード事件は深い影響を与えました」と言う。「田中訴追がなければ、FCPA制定への政治的な動きは起きなかっただろうと私は思います」


P.269


 日本本では遅ればせながら一九九八年に不正競争防止法を改正して、外国公務員への贈賄を犯罪として処罰できるようにした。しかし、実際の摘発は極めて少ない。ブリデストン、オリンパスなど米司法省が摘発した事件であっても、日本の警察や検察が立件した事例はない。


P.270


チャーチ小委員会の記録は現在、米国立公文書館に所蔵されている。上院議会の規則で、五〇年は公開されないことになつており、ニ〇一六年時点でなお閲覧できない。


P.278


暴いた側と暴かれた側の双方を嫌った米政府首脳
 このように「虎の尾を踏んだ」説の主要な内容は根拠に欠けている。一方で、「虎の尾」説を支える状況証拠がいくつか存在することも確認できた。
 まず言えるのは、リチャード・ニクソンが大統領だつたから、田中が逮捕されることになった、ということだ。ニクソンがいなければ、ウォー夕―ゲート事件がああいうふうに拡大することはなかっただろう。ウォーターゲート事件の捜査がなければ、ノースロップ社のヤミ献金が表沙汰になることはなかっただろうし、上院や証券取引委員会の調査に米国民の支持が寄せられることもなかっただろう。米国で田中はニクソンと同類であるとみられた。
 また、ロッキードからカネを受け取った世界各国の政治家の中で、田中が真っ先に逮捕されたことの背景に、米国内でのロ社首脳の自白と米司法省の捜査協力があり、米国務省がその捜査協力を差し止めなかった事実がある。国務省の捜査協力容認の背景に、ニクソンの補佐官を務め、途中から国務長官になって、事実上、米政府の外交を取り仕切ったキッシンジャーの田中への軽蔑の念が少なからず影饗した可能性は否定できない。キッシンジャーは、政策ではなく、その人格の側面から田中を蛇蝎のごとく嫌っており、その意味で田中は米国の「虎の尾」を踏んでいたと言える。
 最近になって秘密指定を解除された国務省内部での会話の記録を見ると、キッシンジャーがもっとも痛烈な皮肉の言葉を浴びせていた先が日本の首相・田中角栄とチャーチ小委員会スタッフのレビンソンだつたことが分かる。ロッキード事件を暴かれた側と暴いた側の双方をキッシンジャーは激しく嫌っていた。


P.282


 中川はロッキード事件に関与しながらそれを国民の目から隠し通した。鈴木の言うとおりだとすれば、その後、中川は大きな弱みを内心に抱え、苦悩し続け、その結果、みずからを死に追いやった。
 ロッキード事件に関与しながらそれを秘密とするのに成功した中川ら政治家たちの、その後の苦しみを思うとき、私は暗然とする。ダグラス・グラマン事件についても同じような苦悩を抱えた政治家がいただろう。彼らが米政府によってその弱みを握られていると自覚しなかったはずはない。


 P.289


「米国の真相秘匿で政治生命を永らえた政治家が、かりに政権の座についたとき、米国に対して大きな負い:mを持ち、いわば首根っこを抑えられるおそれが出てくる」との懸念は払拭されただろうか。それが今の日本の立ち位置に影響していないと断定できるだろうか。払拭されていないし、断定もできない。
 四〇年を経たロッキード事件は今の私たちにそうした疑問を突きつけている。

【関連読書日誌】

“田中は何としても安保条約を通さなければいけない、軍備費用を復興に費さなければならない、日本の経済的な繁栄のためにも必要なんだといぅ信念を持っていた” 『決定版 私の田中角栄日記』 (新潮文庫) 佐藤昭子 新潮社

“こうした彼女の行動には、少女時代に軍国主義の操り人形とされた過去への、強い自責の念が感じられる。アラブ問題に強い国会議員を18年勤め、鶴見俊輔や三木睦子らとアジア女性基金を設立、民間レベルでも元従軍慰安婦問題解決に腐心したことは、重要である” 『過去への自責の念行動に 女優・李紅蘭を悼む』 四方田犬彦 朝日新聞 2014年9月17日

【読んだきっかけ】京都ふたば書房
【一緒に手に取る本】

冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相

冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相