“私たちは当たり前のように享受しているこの「戦後」を、二度と「戦前」に引き戻してはならない” 『日本の戦争 BC級戦犯 60年目の遺書』 田原総一朗監修 田中日淳編 堀川惠子聞き手 アスコム

- 作者: 田中日淳,田原総一朗
- 出版社/メーカー: アスコム
- 発売日: 2007/08/17
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本書の記述によれば,
昭和二十年六月、ロンドンで開かれた連合国の法律家による会議で、日本やドイツの戦争責任の追及についての話し合いが行われ、従来の戦時国際法に規定されてい
た「通例の戦争犯罪」(B)に新たに追加して、侵略戦争の計画・開始・遂行などを犯罪とする「平和に対する罪」(A)と戦前・戦争中になされた拷問・虐待などの非人道的な行為を犯罪と規定する「人道に反する罪」(C)を裁くことを決めた。
よく誤解されているが、A級やBC級は、Aが重くBCが軽いというような罪の軽重を意味せず、「イ」「ロ」「ハ」のようなカテゴー分類にすぎない。また、従来の戦犯に該当するのはB級戦犯で、A級とC級は規定そのものが存在しなかった。もっともA級戦犯は、「平和に対する罪」で訴追された者をいうが、BCの訴追内容も含んだ。A級戦犯は東京裁判とニュルンベルク裁判の被告であり、その他の戦争裁判の被告がBC級である。そして、A級戦犯には国家を戦争に仕向けた政府および軍部指導者が該当し、BC級には戦時中に捕虜や地元住民を虐待した現場の将校や兵隊たちが該当した。言い換えればBC級戦犯裁判は、日本軍が現地でどのような行為を行ったのかを具体的に問うものであった。
さて,本書の主人公は,田中日淳(にちじゅん)氏である.仏教の修行中に従軍し,戦後捕虜となる.このとき,シンガポールのチャンギー刑務所で処刑されていく戦犯の教誨師をやってもらえないかと元上官から頼まれる.お経さえ忘れてしまったわが身にはとてもできないと断るつもりでいた.ある戦犯の詠んだ歌を読んで,教誨師を引き受ける決断をする.
その歌を読んで、わたしは本当に衝撃を受けました。今でもすべての歌を覚えています。「眼を閉じて母を偲へば幼な日の 懐し面影消ゆるときなし」「友の往く読経の声をきゝながら 己が往く日を指折りて待つ」。本当に頭を殴られたような気分でした。
自分たちはもう間もなく祖国に帰ることができるのだと指折り数えて待っているときに、腹がへったと不服に思ったりしているこのときに、同じように日本軍として戦ったにも関わらず、戦争犯罪人として処刑されている気の毒な人たちがいるのかと。しかも処刑された木村さんは自分よりも職位がはるか下の上等兵じゃないか。恨みがましいことや、米国や英国を敵に回すようなことを書くのなら普通ですけどね。だってチャンギー監獄で連日、リンチを受けたりして半殺しにあって酷い目にあっていたんだから。ところが、木村さんの歌には相手を恨む言葉もなし、自分を見つめる、そういう気持ちの、腹から出てきた言葉しかない。これはもう、本当にこんなに綺麗な気持ちで歌を詠めるのかなと思いましたよ。
チャンギーのことを知らなかったら、木村さんのような気の毒な人を知らなかったら、わたしはその監獄に行かなかったかもしれない。しかし、木村さんの歌で初めて、チャンギーにそういう人がいると知った。戦争も終わり、これですべてが終わったんだから、遅かれ早かれ日本へ帰れるだろうと思っていました。日本がどんなに貧乏でひもじくても、やはり日本に帰りたいのはみんな同じですよ。そのなかにあって、何にも考えることができない状況にさせられ、戦犯という汚名を着せられて、現地で果てなければならない運命を持った人たちがいるというのはたまらないですよ。
そして処刑されていく人たちが書いた遺書を,監視の目をくぐり抜けて何とか持ち出そうとした.そうして届けられた遺書を集めたのが本書である.
田中日淳(にちじゅん)氏は戦後,日蓮宗第48代管長 田中(本隆)日淳上人となった方.
経緯は記されていないが,堀川惠子氏が遺書の存在を知り.田中氏を説得して公開にこぎつけた.田原総一朗のもとTVドキュメンタリーとなり,その後本書にまとめられた.
最後に田中氏にに「あの戦争はいったい誰が、何が悪かったんでしょうか」と聞いてみた。
(中略)
人間、感情がある以上は、国が国的な感情を持ち、国民が国民としての感情をもち、国際関係のなかで国同士の感情があると、どうですか、戦争をはっきりやめられますかね?よほど人間が練れてくれば別だけど、人間の感情というのは頭ではわかっていても、なかなか制約するわけにはいかないしね。今の国際状況を見ても、日本はそれ以後、平和にしているけれども、石油の国のイランやイラクのことを考えると、何もしない無辜の人たちが今も怯えているでしょ? それをアメリカがどうするとか、してはいけないとか、両方でやりあっていて、今もいつどうなるかわからない、そういうことになってしまっている。
わたしに、あの戦争の判断を下せっていっても、それはできないよ。日本の人間だって誰にもいえないよ。誰が悪かったのか、どっちが悪かったのか、お前どっちだって言われてもわからない。わからないと言うのがわたしの結論です。
戦争が悪い、戦争がいけないということだけは身にしみてわかっている。戦争はやっちゃいけない。喧嘩はしてはいけないってことだけですよ。
堀川惠子氏による「おわりに」は次のような文章で締めくくられる.
太平洋戦争では日本だけでも三百万の命が失われた。戦闘に弊れた兵士、空襲で焼き出された人びと、本土決戦の名の下に戦場となった沖縄、そして原子爆弾で一瞬にして焦土となった広島と長崎−。暴走する国家を、誰も止めることができなかった。あのときと空気が似てきている、また同じことが起きるかもしれないと心配する声を、今回の証言取材で多く聞いた。現職の国会議員のなかにも、戦争体験者はついに一人もいなくなった。
そんな時代に生きる私たち一人ひとりにいったい今、何ができるのか、何をしなくてはならないのか、真剣にそして具体的に考えなくてはならない時期にきている。
太平洋戦争以後、日本は内戦も含めた戦争を一度もしていない。世界でも極めて稀な国のひとつである。そしてまた、戦後六十二年目のおだやかな夏を迎えた。私たちは当たり前のように享受しているこの「戦後」を、二度と「戦前」に引き戻してはならない。
【関連読書日誌】
“罪を犯すような事態に、自分だけは陥らないと考える人は多いかもしれません。しかし、入生の明暗を分けるその境界線は非常に脆いものです。” 『裁かれた命 死刑囚から届いた手紙』 堀川惠子 講談社
【読んだきっかけ】
上の読書日誌に記したように,NHKのドキュメンタリーをきっかけに堀川惠子の名前を知る.以後,堀川の著作はすべて読む.本書は,その最後に,今春読了.
【一緒に手に取る本】
BC級戦犯についてはどれがベストかわからないがとりあえず一冊.

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