“夫婦とは、他人との生き方の共有。支え合う男女。それが「燻し銀」のような関係をつくり、深い喜びに結びつくのだ” 『妻と最期の十日間 (集英社新書)』 桃井和馬 集英社

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10日間の時間の流れとともに三つのことが折り重なりつつ物語られる.
一つは,倒れてから葬儀にいたるまでの家族をとりまく物語.くも膜下出血は,ある日突然やって来て,1/3はそのまま帰らぬ人となるという.働き盛りの夫婦と小学校6年生のお嬢さんにやってきた突然の出来事.
二つ目は,病院カルテからの抜粋.10日間の病状と処置,家族の状況が,冷静な目で記録される.
三つ目は,写真家・ジャーナリストとして,これまで世界各地でみてきた,人びとの記録.たくさんの死.
これら三つの物語の中に,奥様との思い出が挿絵のようにはさまれる.同じ写真家として,世界をみつめてきた同士であり,かけがえのない家族であった.
世界各地でみてきたたくさんの死は,センデロ・ルミノソ跋扈するペルー,ジェノサイド(民族殺戮)が発生したルワンダ,マフィア間の覇権抗争が激しいロシア,インド・ムンバイの悲しいまでの売春街,ブラジル,リオ・デ・ジャネイロのスラム街,厳冬のシベリア,インドネシア・アンボンの宗教対立による内線,サラエボのスナイパー通り,カンボジア・クメールルージュによる虐殺に及ぶ.
貧困,犯罪,テロ,戦争の中で,無造作に殺されていく人びとのたくさんの死と,かけがえのない一人の死.その対比の中で,著者が訴えたかったのは,そのどれも同じようにかけがえのない一人の死であった,ということだろう.
「写す」とは.
「出来事と遭遇し、シャッターを押す。それは一見簡単で、誰にでも出来る作業だ。だが、「写す」とは、数百分の一秒で終わってしまう行為では断じてなく、幸せな場面では、撮り手も大きな喜びに包まれる一方,悲しい場面では、解消しようもない悲しさが後々まで心に刻まれてしまう。だから報道関係者には、目撃してしまった事件・事故が原因で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱える者も少なくない。
(中略)
写真家に要求されるのは、間違いなく「出会った場面」への覚悟と責務だ。そしてそれは写真家と「場面」の関係だけだけでなく、それぞれの人生で、人と人が深く出会い、交わる時にも生じる。
虐殺の罪によって捕らえられた犯罪者を収容している,ルワンダ・キガリ中央刑務所を訪れて,そこにいる凶悪犯たちが,もとはごく普通の善良な市民であったことに気づく.
つまり生活や社会が、ある一定以上に悪化した時,きっかけさえあれば、世界中どこでも、もちろん日本ででもジェノサイドは発生する可能性がある。そのことに思い至った時,全身の毛穴から冷たい汗が流れ出した。
妻との四半世紀の思い出を,
結婚してから一六年が経った。その過程では辛い時も、楽しい時もあった。夫婦とは、他人との生き方の共有。支え合う男女。それが「燻し銀」のような関係をつくり、深い喜びに結びつくのだと、やっと感じられるようになった矢先だった。
ご夫妻ともキリスト者であった.一七歳の時,バイク運転中の事故によって,同乗していた友人が瀕死の重傷を負う.事故の現場で彼は祈るのである.
奇跡は人間の力が及ばない領域だから、それができるのは人間を超えた存在である。それが私にとっては「神」であった.だから、『友人が回復すれば神さまを信じます』と私は心の中で神と「契約」を交わしたのである。
これがキリスト者となったきっかけだという.グレアム・グリーン原作で,ニール・ジョーダン監督によって映画化された,「ことの終わり」(The End of the Affair)を思いだす.
突然の出来事は,小学校6年生のお嬢さんには過酷な経験で,吃音・失語症状態になる.葬儀が終わり,火葬場からの帰路,父と娘は遺骨を胸にタクシーに乗る.娘が父に突然話しかけるのだ.
「おとうさん」
「なに?」
「あしたからあしたからしっかり働くんだよ!」
著者は写真家だが,病院や家族の写真は一切ない.あるのは,大鷲(?)が舞う写真が一枚だけ.
最後の一文,
苦しみを抱えるすべての人の上に、
今日も静かで、穏やかな夜が訪れますように。
をかみしめて本書を閉じる.
そろそろ世界報道写真展の季節ですね.
【関連読書日誌】
【読んだきっかけ】
金沢未来堂書店にて.たぶんどこかで書評を読んでいるかも.
【一緒に手に取る本】
写真家桃井和馬氏の手になるものを開いてみたくなった.

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