“それでもなお、自分の体験をまとめてみようと思ったのは、癌治療そのものだけではなく、今現在の自分が癌治療以前の自分と比べて異常に元気になってしまった経緯もすべて書いてほしいと言われたから、その一点に尽きる” 『 身体のいいなり 』 内澤旬子 朝日新聞出版

- 作者: 内澤旬子
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2013/08/07
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『身体のいいなり』というタイトルが示すとおり(しかし,上手いタイトルをつけたものだ),自分の体とのお付き合いの話である.闘病記などではない.若いときから,アトピーや腰痛,それもかなり重症で悩まされてきた著者が,3回の乳癌手術を経てみたら,すべて直って生まれてから一番ぴんぴんしているという回生の記録.夏樹静子や柳澤桂子の例もそうだが,人間の体のもつ不思議を考えさせられる.この人はあてにならない,と離婚に踏み切るあたりもポイント.
はじめにより
それになにより顰蹙を買うことを承知で言わせていただくと、人間なんてどうせ死ぬし、ほっとけばいつか病気に罹る可能性の方がずっと高い生き物なのに、なぜみんな致死性の病気のことになると深刻になり、治りたがり、感動したがり、その体験を読みたがるのかが実のところ自分にはよくわからないのだ。そんな体験談なぞ癌になる前も後も読みたいと思ったことはない。
それでもなお、自分の体験をまとめてみようと思ったのは、癌治療そのものだけではなく、今現在の自分が癌治療以前の自分と比べて異常に元気になってしまった経緯もすべて書いてほしいと言われたから、その一点に尽きる。
P.205
先日すい臓癌で亡くなった評論家の黒岩比佐子さんが、闘病中にブログで綴っていたように、癌患者の場合はできた部位とステージまで同じでない限り,なかなか話が合わないというのが現状だろう。そうしたくなくても、たとえ口に出さなくても、どうしてもあなたと私の残された時間を比べてしまう。切り取り捨てた内臓や肉片の大きさを比べてしまう。ゆとりを持とうにもなかなか持てない。
文庫版巻末には,同じく乳癌を全摘した島村菜津氏との対談.
島村:日本に帰ってくると、きれいに死が隠蔽されているでしょう?気持ち悪いと思いました。カタコンベに行って心が安らぐような“メメント・モリ(死を想え)”な環境がないんですよ。
文庫版あとがきより
ともあれ。すでに社会のロールモデルから遠く外れて生きている私でも、離婚によって「人生間違えた」というきわめて常識的な考えにつきまとわれ、落ち込んだ。けれども乳癌治療時に感じていた孤絶から比べれば、どう考えても精神状態はマシなのである。夫婦でいる方が深まってしまう孤独もあるということを、知ることができて、負け惜しみではなく、良かったと思っている。
南雲吉則医師に,治療の情報を調べる気力を失っている人はどうしたらよいのか,と聞いてみたら,
彼の答えは明快だった。自分に調べる気力がない場合、おせっかいな女友達に頼るといいと言うのだ。これまで見てきて、母親もそして夫も、たとえ新婚であったとしても、患者の支えになれる例はとても少ないのだそうだ。母親は本人よりもとりみだし、夫は逃げ腰にとなる。心当たりがありすぎて、唸ってしまった。いわれてみれば、他人のほうが冷静に情報を探すことができるかもしれない。
【関連読書日誌】
- (URL)“人間は表流水ばかりに気をとられないで、時には自分の川底をひっくり返して攪拌しなければいけないのかもしれない。” 『腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫) 』 夏樹静子 新潮社
- (URL)“人を信ずれば友を得、人を疑へば敵を作る” 『パンとペン 社会主義者・堺利彦と「売文社」の闘い』 黒岩比佐子 講談社
【読んだきっかけ】浜松メイワンのなかなか洒落た本屋さん
【一緒に手に取る本】

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