『評伝 若泉敬  −愛国の密使 (文春新書) 』  森田吉彦 文藝春秋

評伝 若泉敬 (文春新書)

評伝 若泉敬 (文春新書)

若泉敬という一人の人間をきっかけに,沖縄もの,密約ものにはまってしまった感がある.

月刊誌「諸君!」(休刊中)に2008年から2009年にかけて連載されたものを中心にまとめたもの.本書と『「沖縄核密約」を背負って 若泉敬の生涯』とを合わせ読むことによって,若泉敬の一生に渡る足跡,思想の全体像を知ることができよう.若泉敬は,国士と称されることがあるようだが,一言で言えば「志」の人であった.

本書でよくわかることがいくつかある.一つは,若き若泉が参加した学生土曜会の活動である.佐々淳行粕谷一希谷内正太郎坂本多加雄はじめ,後に国内の様々な分野で活躍する人たちが参画していた.

二つ目は,若泉の発言,行動は,単なる「志」の表明であるだけではなく,命がけのものであったということである.左翼,もしくは,右翼からの攻撃(!)を覚悟の上であった.

三つ目は,若泉の政治思想,外交思想である.古い言い方をすれば保守派論客ということになろうが,高い理想を持ちつつも,その主張はきわめて現実的なものであった.全方位平和外交の理念について次のように述べている.本書に引用されている若泉の文章をそのまま引く.

その第一は,四方八方に目を配りながら,自国の国際的位置付けをあらゆる角度,局面,次元から総合的に検討し,定義しようとする認識と思考の複眼性,全方位性を意味する.…特色の第二として指摘しておきたいのは全方位外交の遂行は,“八方美人”になることでもなければ“八方破れ”になることでもない.むしろそのような,一国のクレジビリティ(信頼度)が問われる状況が起きないように国家としての主体性という基軸を確立することが強調されるのである.…特色の第三は,全方位平和外交は日本外交における優先順位をより明確化するものであり,そのことは外交における真の意味での柔軟性と交渉能力を増大させることになろう.…この政策は,権力政治における勢力均衡の考え方を必ずしも否定せず,むしろその欠陥を克服する論理と方策を樹立しようとするもので,一見理想論のように見えて,日本の現状においてはすぐれて現実的なのである.この逆説的表現は正しい.なぜならば,現在日本は他に有効な選択肢をもっていないからである.

本書に引用されている宮崎正広の『三島由紀夫『以後』』によれば,京都産業大学の創立者の一人であり,世界問題研究所所長として若泉を招いた岩畔豪雄の死後,「若くして権力の中枢で大活躍,名声をほしいままにした若泉に対して,周囲や先輩同輩等の妬み,敵意もまた想像に絶するものだった.その凄まじさは,間違いなくのちのちまで語り草になるほどのものだった.」という.

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