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“しかし私は、「愛というイデオロギー」に殉じようとした高度な緊張感と、そのためにもたらされたアトリエ内部の「冷ややかな暗さ」を、智恵子変調の原因に加えたい誘惑にかられる” 【高村光太郎 日本への愛憎に揺れた大きな足の男】『 「一九〇五年」の彼ら』 関川夏央

本書の第七章 高村光太郎 日本への愛憎に揺れた大きな足の男
 私が知っていた高村光太郎像とちょっと違った側面を教えてくれた.
野田秀樹作,演出,大竹しのぶ主演によるお芝居,「売り言葉」をテレビの劇場中継で観たのは何年か前.なかなか感動的なお芝居で,光太郎・智恵子像も,そういうとらえ方もあるのかと思ったものである.本書は新たな視点を与える.
 二人は,長い間内縁関係のままで,智恵子が変調をきたしてから婚姻届けが出されている,というのも始めて知った.そして,智恵子変調の一因を,アトリエ内部の「冷ややかな暗さ」にもあるといい,『「愛」が日常を脱して純粋化、観念化されるとき、「愛」は一種の凶器となる。そしてそれは、痛ましい犠牲をもたらさずにはいないのである。』という指摘は,関川の慧眼といえよう.さすがである.智恵子抄でうたいあげた高村光太郎の智恵子への愛は,やはり本物なのである.
P.129

高村光太郎は年齢のみならず、「明星」同人としても作歌者としても啄木の先輩にあたった。彼は一九OO年十月、十七歳のとき篁(たかむら)砕雨の雅号で、はじめて「明星」に歌をかかげている。
 神や怒るとまれ火焔(ほのお)のといきもでこの土つくれに魂(たま)あらしめむ

P.137

光太郎と智恵子は、そこで三四年までの二十年間、ともに暮らした。
三一年頃からときどき精神のバランスを失うようになった智恵子が、睡眠薬で自殺未遂事件を起こしたのは三二年であった。その翌年、光太郎は婚姻届を提出した。当初は「反逆児」と「新しい女」の結婚と世上に騒がれ、以後つとめて孤立して暮らしていた彼らは、それまで内縁関係でいたのである。

P.142

智恵子の精神の変調は、もっぱら福島二本松の彼女の生家長沼家の血脈と、生家没落の衝撃によるものと理解されている。しかし私は、「愛というイデオロギー」に殉じようとした高度な緊張感と、そのためにもたらされたアトリエ内部の「冷ややかな暗さ」を、智恵子変調の原因に加えたい誘惑にかられる。「愛」が日常を脱して純粋化、観念化されるとき、「愛」は一種の凶器となる。そしてそれは、痛ましい犠牲をもたらさずにはいないのである。

P.144

彼は戦争協力に対する「反省」の詩を多く書いた。山小屋での独居も、戦争協力に対する「自罰」または「自己恥献」であると光太郎はいっている。しかしそれはまた、彼生来の「孤立への衝動」のしからしめたところでもあるだろう。
 戦後の民主主義に至るまで、幾度か思想上の大転換を行なった彼の根源には、革命政権のつねとしての前時代の否定、すなわち明治政府による江戸時代否定があった。光太郎の場合、ヨーロッパ的自我の確立を急ぐあまり、その流れを汲む父光雲の仕事への否定としてあらわれた。

【関連読書日誌】

  • (URL)漢籍的教養の上に西欧的教養を積んだものたちが「明治一五年以前生まれ」なら、白紙の上に西欧的教養を積んだのが「明治一五年以後生まれの青年たち」であろう。武士的道徳が消滅したのち、大衆的流行文化と経済万能主義の大波を浴びつつ人となった世代、ということでもあろう” 『 「一九〇五年」の彼ら ― 「現代」の発端を生きた十二人の文学者 (NHK出版新書 378) 』 関川夏央 NHK出版

【読んだきっかけ】
【一緒に手に取る本】

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