“現在生じている事態は、単なる技術的な欠陥や組織的な不備に起因し、それゆえそのレベルの手直しで解決可能な瑕疵によるものと見るべきではない” 『福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと』 山本義隆 みすず書房

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同様の主張をまとめるのに,何百ぺーじもの大著にすることもかのうだろうが,わずか100頁の小著に,まとめているところが,氏のすごいところであろう.
SF作家の元祖とされる,ジュール・ヴェルヌの科学技術論は,本書で初めて知った大きな拾いもの.
帯より
一刻もはやく原発依存社会から脱却すべきである―原発ファシズムの全貌を追い、容認は子孫への犯罪であると説いた『磁力と重力の発見』の著者、書き下ろし
裏表紙より
〈税金をもちいた多額の交付金によって地方議会を切り崩し,地方自治体を財政的に原発に反対できない状態に追いやり,優遇されている電力会社は,他の企業では考えられないような潤沢な宣伝費を投入することで大マスコミを抱き込み,頻繁に生じている小規模な事故や不具合の発覚を隠蔽して安全宣言を繰りかえし,寄付講座という形でのボス教授の支配の続く大学研究室をまるごと買収し,こうして,地元やマスコミや学界から批判者を排除し翼賛体制を作りあげていったやり方は,原発ファシズムともいうべき様相を呈している〉
はじめに
しかし現在生じている事態は、単なる技術的な欠陥や組織的な不備に起因し、それゆえそのレベルの手直しで解決可能な瑕疵によるものと見るべきではない。(略)むしろ本質的な問題は、政権党(自民党)の有力政治家とエリート官僚のイニシアティブにより、札束の力で反対を押しつぶし地域社会の共同性を破壊してまで、遮二無二原発建設を推進してきたこと自体にある。
1 日本における原発開発の深層底流
1.1 原子力平和利用の虚妄
P.10
ダレスから馬鹿にされたというトラウマをもつ岸にとって、核開発は大国化の条件であり、核技術――核兵器生産能力――の習得は国際社会において発言権を得る必須の手段と思われたのであった。岸はその年の五月に外務省記者クラブで「現憲法下でも自衛のための核兵器保有は許される」と発言し、回想録に付記している。
P.11
一九五八年には、防衛庁技術研究所技官兼防衛研修所教官の肩書きをもつ新妻清一の手になる『誘導弾と核兵器』という書物が書かれている。著者は戦前に東京大学理学部物理学科を出てのち、旧日本軍そして戦後は防衛庁の研究機関で一貫して軍事科学研究に従事した人物であり、この書物も数式を使用し細かな数値をあげて、ミサイル、ICBM(中距離弾道ミサイル)、そして核兵器の原理、構造、効果、防御等をかなり専門的に詳述したものである。原爆製造に要する費用まで算定されているこの書は、このころに防衛庁内部で原爆についての技術的な研究が相当真剣になされていたことを窺わせる。
1.2 学者サイドの反応
P.13
日本ではじめて原子力関連の予算がついてから一九六〇年にいたるまで、日本における原子力開発は、実際には学者の頭越しに進められていった。これにたいする物理学者の抵抗がなかったわけではもちろんないが、今から見ればやはり非力であったと言わなければならない。「自主・民主・公開」を「原子力平和利用の三原則」として掲げることになる学者の運動については、たとえば吉問斉の『原子力の社会史』などに詳しいので、ここでは立ち入らない。ただ、学者にも共有されていた科学技術の発展にたいする当時のあまりにも楽天的で無批判な信頼が「原子力の平和利用」という幻想を支えていたことは、認めなければならない。
1.3 その後のこと
P.20
ジャーナリスト鈴木真奈美の書には「政財界の利権とか科学者の夢とか、その他いろいろな要素が絡み合ってのことだろうが、それらだけでは説明できないほど、日本は核分裂性物質を製造する権利にこだわっている。先の〔一九六九年の〕方針は連綿と受け継がれてきたと考えるほうが、むしろ自然だろう」とある。まったくそのとおりだと思う。実際、今年の七月二一日の『朝日新聞』は、外務省の初代原子力課長の、核兵器について「必要なら持てる力が核の抑止力になる。中曽根さんはそういう意見だった」との証言を記している。
2 技術と労働の面から見て
2.1 原子力発電の未熟について
P.31
二〇世紀に大きな問題になった公害の多くは、なんらかの有用物質の生産過程に付随して生じる有害物質を、無知からか、あるいは知ってのうえでの怠慢からか、それとも故意の犯行として、海中や大気中に放出することで発生した。ひとたび環境に放出された有害物質を回収するのは事実上不可能であるが、技術の向上と十分な配慮により廃液や排気を濾過し、そのような有害物質を工場外に出さないようにすることは不可能ではなく、またこうして発生源で回収されたそれらの有害物質を技術的に無害化することも、あるいはそのような技術が生みだされるまで保管しておくことも多くの場合可能である。というのも、それらの有毒性は分子の性質(原子の結合の性質)であり、原理的には化学的処理で入工的に転換可能だからである。それゆえ、排出規制を十分に強化することによって解決しうるものも多い。いずれにせよ有害物質を完全に回収し無害化しうる技術がともなってはじめて、その技術は完成されたことになる。
2.2 原子力発電の隘路
P.35 『ラベッツ博士の科学論 科学神話の終焉とポスト・ノーマル・サイエンス』よりの引用
米国連邦政府は、危険な廃棄物をネバダ州のユッカ山の下に貯蔵することを最終的に決定した。政府はその場所が安全であることを証明するためのコンピュータ,シミュレーションに彪大な金額を費やした。(略)この貯蔵サイトの反対者にとって、政府のコンピュータ・モデルの全体的な不確実性を暴露することは容易なことであった。そして、民間の原子炉からの廃棄物は、米国中の発電所の冷却池中にぎゅうぎゅうに詰め込むという、もっとも危険な形で集積されている。
2.3 原発稼働の実態
P.40
原発の稼動現場でも環境汚染は避けられない。二〇年間にわたって原発の現場で働き、その後、原発被曝者救済に尽力され一九九七年に亡くなられた平井憲夫という方がおられる。「現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています」と自認する平井は、自身の経験にもとついて書いている。
2.4 原発の事故について
P.47 「もんじゅ」の事故原因となったナトリウム配管に付された温度計について
ナトリウム配管は東芝が、温度計のさや管部分は東芝系列の石川島播磨重工が請け負って設計し、それを系列の町工場に発注した。実際の工作にあたったその町工場の職工さんが自身の経験からおかしいと気づき、本当にこれでいいのかと上にお伺いをたてたが「原子力は普通とは違うのだから、これでいいのだろう」ということで済まされてしまったという。つまり「技術の常識さえ知らない、いつも設計の手引き書だけを見てコンピューターとにらめっこしている人がやった設計」が誤っていたのであり、それにたいして経験は豊富だが専門の知識の乏しい、そして弱い立場にある下請けの企業は、強く言えなかったのであった。
2.5 基本的な問題
3 科学技術幻想とその破綻
3.1 一六世紀文化革命
P.59
近代社会、もっと限定すれば西欧近代社会の最大の発明品のひとつは科学技術だと思う。科学と技術ではない。客観的法則として表される科学理論の生産実践への意識的適用としての技術である。それを発明したがゆえに、西欧近代に生まれた文化が、現在では世界を席巻するに至っている。実際、今日では科学技術は個人の日常生活から国家間の国際政治にいたるまで、巨大なカを有している。
3.2 科学技術の出現
P.67 フランシス・ベーコンについて
こうして彼は、近代科学技術研究のあり方として、選ばれた専門の研究者集団が国家の庇護のもとで先進的砺究と技術革新を組織的かつ目的意識的に遂行するべきことを提唱し、晩年の『ニュー・アトランティス』において、その機関として「ソロモン学院」を描きだしている。近代科学技術の夢がここに語られたことになる。
3.3 科学技術幻想の肥大化とその行く末
P.76 ジュール・ヴェルヌについて
科学技術には「人間に許された限界」があることの初めての指摘であった。
3.4 国家主導科学の誕生
P.80
抽象的で微視的な原子核理論から実際的で大規模な核工業までの長く入りくんだ途すじを踏破するその過程は、私企業を越える巨大な権力とその強固な目的意識に支えられてはじめて可能となった。それは官軍産、つまり合衆圏政府と軍そして大企業の首脳部の強力な指導性のもとに数多くの学者や技術者が動員され組織されることで実現されたものであった。
P.82
いずれにおいても、生産規模の巨大化と生産能率の向上のみがひたすら追及されるが、そのこと自体が意味のあることなのかどうかは問われることはない。そのことに疑問を呈した人間はただ脱落してゆくだけとされる。こうして“怪物”化した紐織のなかで、技術者や科学者は主体性を喪失してゆく。
- “科学(者)への信頼は,何が確実に言えて,何が言えないか,それを科学者自身が明確に述べるところに成り立つといえる。科学とは,まずなによりも《限界》の知であるはずである” 『見えないもの,そして見えているのにだれも見ていないもの』 鷲田清一 科学 2011年 07月号 岩波書店
- “今回の大災害は、これまで通用してきたほとんどの言説を無力化させた。それだけではない。そうした言葉を弄して世の中を煽ったり誑かしたりしてきた連中の本性を暴露させた。” 『津波と原発』 佐野眞一 講談社
- 『核がなくならない7つの理由 (新潮新書)』 春原剛 新潮社
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書評.
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