“国民皆保険は、脆弱な個人のうちに潜む集団としての力を見出すこと―家族や隣人,同胞に救いの手を差し伸べることである。なぜなら救いの手を次に必要とするのはあなたかもしれないのだから。” 『ルポ アメリカの医療破綻』 ジョナサン・コーン 訳:鈴木研一 東洋経済新報社
- 作者: ジョナサン・コーン,鈴木研一
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2011/08/18
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これまで,「ビルクリントンが大統領時代に,あのヒラリーでさえできなかった保健医療制度改革」という形容詞で語られことも多かったこの問題について,歴史的な点にも触れながら説明されており,非常にわかりやすい.各章は,具体的事例の紹介である.地道に生きてきたごく普通のよき市民が,あるいはその家族が,たまたま運悪く,病気や事故に遭ってしまった時,どのような現実が待ち構えているのか.
原題は,“SICK: The untold story of America’s Health Care Crisis – And the people who pay the price”
P.127
我が国の医療費負担をめぐる議論では、退職者は一九四〇年代後半まで独立した一つのグループとして扱われたことがない。だが、トルーマン大統領が国民皆保険制度の設立に失敗して事情は変わる。政治―と民間医療保険の進化―のおかげで「高齢者という特殊な問題」が一躍脚光を浴びてくるのである。
P.258
精神疾患に適用される医療保険が一九八〇年代後半にどれだけ劇的な変化を遂げたかは、どんなに強調してもしすぎることはないだろう。数年前から精神医療のコストが膨れ上がったことに怖れをなした―しかも営利本位の精神病院による詐欺まがいの商法に憤慨した―雇用主たちは対策を要求した。そして、要求は叶えられた。保険会社が精神疾患をカバーする保険の販売に乗り出すようになったのだ。ただし、きわめて厳しい制限がつき、多くの場合、年間の入院日数は上限を三〇日ないし四五日に制限された。
P.273
教育委員会のお偉方にとっては、精神医療給付を増額するのは、自分たちには縁もゆかりもない疾病の治療に大金を投じることなのだ。つまり、精神疾患は他人事でしかない。立場が違えば自分だって同じようにかんがえたかもしれないとラスは思うのだった。
最終章は,「結論 国民皆保険の実現に向かって」,である.
P.287 GDPの16%を医療費に投じていることを指し,
しかし、医療にこれほど多額の金を投じていながら、他国の国民と比較してアメリカ人がいっそう健康に過ごしていることを裏付ける証拠はほとんどない。乳児死亡率や平均余命のような比較的大まかな指標に照らせば先進諸国のほぼ平均に近いが、医療システムがうまく機能しているかどうかを測定するために専門家が考案した「損失生存可能年数」(PYLL)や「生活の質で調整された生存年数」(QALY)など精密な指標で見ると、じつは平均を少し下回っている。
P.288
国民皆保険の真価を示す最良の見本はフランスだろう。フランスは半ば独立した疾病基金―政府の監督下にある―を通じて保険を提供している。保険は医師の診察、入院、処方薬を含むほとんどの医療サービスとカバーする。
P.295
政治的には右寄りの、国民皆保険に批判的な人たちにとって、この制度は自由を侵害し、個人のイニシアチブを弱めるものだが、これは現代の保守主義が弄する古典的な手口―民主主義においては、主役はあくまでも国民であり、政府は共同体としての国民の意思と資源の表現にすぎないことを忘却させるトリックである。国民皆保険は、脆弱な個人のうちに潜む集団としての力を見出すこと―家族や隣人,同胞に救いの手を差し伸べることである。なぜなら救いの手を次に必要とするのはあなたかもしれないのだから。国民皆保険は他人事ではなく、自分自身の問題なのだ。いつの日にか、そのことに多くの人が気づき、国民皆保険を実現するだろう。問題は、ただ一つ、それまでにどれだけ多くの人がそのことを学び―そして苦しまなければならないか、である。
『解題―「健保弱者」への対処は日米共通の課題』(冷泉彰彦氏)より
P.301
二〇一二年の大統領選を目指した選挙戦がスタートする中、民主党は現職オバマでまとまっているものの、共和党のチャレンジャーを一本に絞り込む予備選へ向けての争いはホットなものとなった。二〇一一年の夏の時点では、圧倒的なトップはマサチューセッツ州の元知事ミット・ロムニーだ。二〇〇八年にも大統領候補の座をジョン・マケイン上院議員と争ったロムニーは、四年を経て更に政治的存在感を増し、本命候補という呼び声も高い。
P.304
日本の場合は、まず高齢化に伴う老人医療費の高騰という問題がある。これを放置しておけば、健康保険制度全体が揺らぐおそれがある一方で、今回の「後期高齢者」制度が頓挫したように、グループを切り離せばそのグループの持つ問題は一層浮かび上がってしまう。一方で、若者を中心とした貧困層の拡大は、徐々に無保険層の増大という形で社会を蝕んでいる。さらに、こうした公的保険の動揺に「備える」ということで、富裕層向けには外資による保険外自由診療・高額診療を前提とした「民間の医療保険」が発売されている。こうした富裕層が国民皆保険のシステムから離脱する動きも中長期的には出てくるかもしれない。
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【読んだきっかけ】
書店にて
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