“背負うには重すぎる人生を生きる人々が、今様には現れる。どんなメロディで、どんな声で、どんな思いで、人々は歌ったのだろう” 『 やさしい古典案内 (角川選書) 』 佐々木和歌子 角川学芸出版 (3/4)
- 作者: 佐々木和歌子
- 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川学芸出版
- 発売日: 2012/10/24
- メディア: 単行本
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市井の人々の声が聞こえる − 王朝時代と武者の世のはざまから
「説話」が生まれるとき − 『今昔物語』
P.107
道成寺の本堂の脇には焼き殺された安珍と鐘を埋めたという安珍塚があり、塚のうしろには、鐘楼の跡。室町時代にニ代目の鐘が鋳られたものの、豊臣秀吉の紀州攻めによって持ち去られ、現在は京都の妙満寺にある。今も「道成寺に釣り鐘がない」という真実。歴史の偶然であるにもかかわらず、このことが『今昔物語集』の説話世界に妙な現実味を孕ませる。石段を下りてまっすぐ進むと、蛇となった清姫が身を投げた日高川が低い山並みを背景に大きく身をくねらせ、蘆の葉かげに透明な水面を見せている。
P.119
強盗、追いはぎ、強姦、殺人―華やかな王朝文化の陰画として見せつけられる社会の下層部は、あまりにも凄惨だつた。『今昔』は目をそらすことなく、清獨分かちがたい人間性というものについて強く問うてくる。
歌う女、歌う王 − 『梁塵秘抄』
平安時代のヒップホップ
P.130
歩き巫女になったという噂を聞けばその境遇はおのずと知られるが、ひそかに哀れむことしかできない。この母もまた、流れ者の存在であったか。背負うには重すぎる人生を生きる人々が、今様には現れる。どんなメロディで、どんな声で、どんな思いで、人々は歌ったのだろう。ステージで歌われるより、街の角々で口ずさまれるのが、今様にはよく似合う。
この気持ちを名づけるなら、無常 − 時代の転換期がもたらした心地よい絶望
「この世は無常」だってわかっているけれど − 『方丈記』
P.144 すみかへの執着
この「差図を好む男」のモデルは長明自身だったのではないか、という説がある。方丈が解体•移動式であったり、しつらいにこだわったのも、差図好きの男のような一種の「嗜好」であったようだ。作家の堀田善衞は言う。「彼はおそらく大原でみずから『差図』(設計図)を引いて考えた物であったろう。いろいろと考え、いろいろな差図を引いてみて、この組立て方式移動式がよいということになった。よいということになったものを、
実行実践するところに、長明がいる」(『方丈記私記』)。
P.145
得意満面な長明がそこにいる。多くの逆境の果てに、ついに別天地を見いだした......ここで終われば、『方丈記』は大団円である。しかし長明は最後に、ふと目覚めた暁のことを記し置く。暁の寝覚めは、痛みをともなうほどの自省が襲つてくるもの。
「私の余命はいくばくもない。仏の教えでは、何事にも執着してはならないといぅのに、私はこの草庵の閑寂に執着しているではないか……」。残酷にも長明には、冷静に我が身をも見つめる視線が備わつていた。
「しかるを汝、すがたは聖人にて、心は濁りに染めり」
汝とは、長明自身。清らかな閑居に身を置きながら、「心の濁り」に気づいていた。自已陶酔からふと目が覚め、『私は狂つているのか?」--心は何も答えられない。そして
「不請(ふしょう)阿弥陀仏両三遍申してやみぬ」。ここで『方丈記』の筆は置かれる。阿弥陀仏の名を唱えたが――結論は出なか々た。絶望が、暁のしじまとともに長明を押しつぶす。
【関連読書日誌】
- (URL)“単純ではない平易な文章が望まれるとすれば、その平易は、自分に即して生まれた必然性のある平易に限り有効である” 『「やさしい古典案内」のこと』 耳目抄310 竹西寛子 ユリイカ 2013年6月
- (URL)“古典文学の歴史をたたどることは、言葉と文字を連ねてきた日本人たちの物語。研究者ではない私は古典の腑分けはできないけれど、そっと横に添い寝して、古典の思いに耳を傾けるとはできるかもしれない” 『 やさしい古典案内 (角川選書) 』 佐々木和歌子 角川学芸出版 (1)
- (URL)“信仰、もしくは出家が、この時代の女性の「自由」の限界点だった。紫式部は、そこで筆を置くのである” 『 やさしい古典案内 (角川選書) 』 佐々木和歌子 角川学芸出版 (2)
【読んだきっかけ】ユリイカ 2013年6月号
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